Episode06 魔王とヴァンパイア、そして人間(1)
「あちらはもう勝負がついたようだ」
端正な顔に相応しい爽やかな笑みを浮かべるが、どうしても好感を持つことが出来ない。
その感覚はは正しいのだろう。
平然と、
「美羽では役不足かと思っていたが、やるものだな。見直したよ。沙月は優秀な魔女だからね、後方支援にでも回られていたら厄介なことになっていた。助かったよ、沙月が馬鹿で」
一歩前へ足が出たところで真白が制止する。
「挑発だ。奴のペースに乗せられるな」
冷静に忠告する真白の手には、爪の痕がくっきりと残されていた。相当な力で拳を握っていたに違いない。
「何をそんなに怒る必要がある? ヴァンパイア。弱いから利用される、力を持たないから支配される。世界の摂理だろ? 言うなれば理――真理だ。君もこちら側の存在だろ?」
「同じ? 私とお前が? 笑わせてくれる。信念なき弱者がほざくな」
弾かれるように駆けだした二人は激突する。
正確無比な魔法を操るヘレス=ブラッド・フーガこと藤村大河は、宙に幾つもの魔法陣を展開させる。
対する真白は、高速での立ち回りを見せる――最早、光速の域にまで達している。
なびいた髪を大河の魔法が撃ち抜く。
「髪は女の命だぞ」
殺気の籠った眼で睨みつける。
「そんな怖い眼しないでくれ。それに本来の君なら余裕で躱せるはずだろ?」
真白は答えない。
「否定しないという事は、そういう事だろ?」
戦いの主導権は大河にあるようだった。
真白は息を吐きながら、全身から妖気を迸らせる。敵意と殺意に満ちた、真紅の瞳が大河を正面から捉えていた。
それがどうした、と真白は嗤う。
「戦いの最中に喋るとは、お前、私を嘗めているのか?」
「君の方こそ、そろそろ本気で戦ってくれないか? それとも、仲間がいると気になって満足に戦えないかな?」
真白は舌打ちをして、思い切り床を踏みしめる。床のタイルには
一歩、また一歩と大河との距離を詰めながら、指の関節をポキポキと鳴らす。その仕草、態度は、いまだ戦闘行為は可能だと告げていた。
中距離から遠距離で、その真価を発揮する
「失礼したね、ミセス。君さえよければ場所を移そうか?」
「ご提案感謝するよミスター。だが、私はまだミセスではない」
少し語気に棘が現れる。
「これまた失礼。そちらの方を気にしていたようだから、てっきり……」
肩を竦めた大河の視線が冬夜の方に向く。
「それはお前の気のせいだな」
そう断言し、真白は疾風すらのろく感じる速度で、殺気を纏い、迫る。駆けるたびに足元のタイルは砕け、吹き上がった。
鎧騎士の突撃も速かったが、今の真白はさらに上の領域――次元に到達していた。
瞬きする間に姿は掻き消え、見失う。
しなる脚が大河目掛けて襲い掛かる。桁外れの脚力と絶句する速度で繰り出される一撃。
一撃必殺と言う言葉すら生ぬるい、致命的一撃が空を切り、大河の顔目掛けて飛んでくる。
必死の一撃が迫っているにもかかわらず大河は不動。
「危ないぞ」
迎撃の一手の――開始の合図だった。
真白の踏み込みに合わせて、仕掛けられていた魔法が発動。
爆撃によって生じた衝撃波に、真白の身体は後方へと飛ばされる。
「忠告が遅れてしまったな。すまない、許してくれ――《
吹き飛んだ真白に、大河は煌々と輝く光球を投じる。聖なる力を宿した光球は、魔であるヴァンパイアに手痛いダメージを与える。
対して吹き飛んだ真白はすぐさま体勢を立て直し、開いた距離を詰めるため再び突撃。
ふん! と鼻を鳴らし、
大河の指示に従って光球が曲がり、追撃――弾ける。
「がっ!」
背中に直撃するも、真白は意にも返さないといった顔で進撃する。
相当なダメージを負っているはずだ。それでも真白は表情を崩さない。強者としてあくまでも
冬夜は自分たちにできることを模索する。しかし、無闇に動けばかえって真白の邪魔をしてしまう。
何かしら突破口を見つけなければ……、
「ねぇ、アンタは何か知らないの? アイツの弱点とか」
希望の問いに冬夜は、さすがに知らないだろう、知っていても言わないだろう、と思った――が、
「し、知らないっすよ!?」
(あ……コレ知ってるな)
冬夜は活路を見出した。
…………
……
…
天月真白は身構えながら、ゆっくりと前に立つ
間違いなく悪の道に堕ちた人間のはずなのに、使う魔法が神聖属性なのが腹立たしい。
この世界の神は何を基準に力を授けているのか、不明だった。だがしかし、そんなことは問題ではない、と脳が訴える。倒してしまってから、じっくり考えればよいのだと。
冷静に考えてから、真白は自身の置かれた圧倒的不利さから、苦笑を零す。
こんなにゾクゾクする戦いは久し振りだ。久しく感じることの無かった高揚感。
今は劣勢だが、直に戦況は変わる。
対して真白は純粋な
妖力が底を尽きても真白は肉体能力だけで戦える。
取るべき最善の策は――最適な戦い方は何か。それは持久戦に持ち込むことだ。
真白は大まかに戦闘の流れを想定。
妖力を全身に纏う。膨大な妖力はそれだけで
少しずつ体力を削って行けばいい。それこそが勝ち筋なのだから。
真白は戦闘スタイルを長期戦を見据えたものへと移行した――
おかしい……
真白は頭を捻る。
防戦一方の戦いを強いられる。そこまでは想定済みだった。問題はその先――、
(コイツの魔力は無尽蔵なのか!?)
一向に衰えることの無い攻撃。
膨大な魔力量なんて生易しいレベルではない。世界の理に反するレベルだ。
ヴァンパイアという大妖怪である真白ですら、思わず浮かんだ言葉――怪物。それが目の前の男に最も相応しい呼称だった。
真白は頭を振って邪念を振り払う。一瞬、勝てないという考えが過ぎった。
それらの邪念を一蹴すべく動く。
攻撃は最大の防御。
それを体現するのが、ヴァンパイアという種族だ。
高火力の魔法を連発する男を見つめる。
(いいだろう。私もその撃ち合いに乗ってやろう)
爆発的な加速で相手の懐に入る。
流れるような動作で蹴りを入れる。
その一撃は、男の作った魔力の障壁によって威力が半減させられる。
砕け散った障壁はすぐさま再生、元通りに。
「近接戦闘はやはり厳しいか……」
口の端に血をにじませながらも、余裕の表情で男は言う。
「いや、センスはあるぞ。そのまま戦士に鞍替えしたらどうだ?」
冗談めかして言ったものの、本心に違いなかった。さすがに魔法戦に長けている、このままでは敗戦濃厚だ。
だが、真白は笑みを作る。消耗戦は好きではないが、こういう経験もしておいて損はないだろう。
「《
全方位に火球が飛ぶ――広範囲魔法だ。躱す余裕はない。
「私に、この力使わせたこと――誇っていいぞ」
霧散する。
肉体を霧へと変化させる。
あまり知られていないかも知れないが、ヴァンパイアは変身が得意だ。
種として圧倒的強さを誇るが故に、変身能力を使う機会は少ないが、その能力はかなり高い。
まさに吸血鬼に相応しい技である。
降り注ぐ火球の雨を完全に回避する。
「甘いな」
しかし、そこに大河の咆哮と共に《
収束していた霧たちが強制的に霧散させられる。
苦痛と共に霧散化を解除した真白の唇は裂け、真紅の雫が一筋流れる。
追撃の一手。
「《
十字を結んだ手から、レーザーポインターのように照準を定める光が真直ぐに伸び、真白の胸を捉えていた。
舌打ちすると最大加速で照準から逃れるために駆ける。
しかし、追尾しているかのごとく十字の光は真白を捉え続ける。
だが、一向に浄化の光は真白を苦しめない。ここにきて魔力切れか? そんな様子は一切なかったが……。
次の瞬間、真白は気づく。
そして笑みを浮かべた。
活路はあったのだ、と。
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