Episode05 裏切りの魔女(2)
幻想世界が崩壊した!?
物理的干渉を受けないこの世界が!
こんな芸当が出来るのは同じ術者だけだ。
裏切り者の魔女。
自分の力の為に仲間たちを殺した大罪人だ。
許すことのできない存在、それが登丸沙月だった。
…………
……
…
塔に居た大半の人間が死んだ。
奴隷で生き残ったのは美羽、大河、バスチア、マリーの四人。
様々な地域から集められた奴隷は数百にも及んだ。それがたったの四人。
全部沙月のせいだ。
沸き上る憎悪で気分を幾度も悪くした。事件のあと暫くは、食事も満足にとれなかった。
そんな中でも美羽を三人は励ましてくれた。自分たちがいる、と。
美羽は塔の破壊を進言した。
しかし大河はそれに反対。理由を尋ねると、
「沙月がユートピアを新たに建築する可能性がある。そうなれば世界は終わる。その時のためにも、俺たちはこの塔を完成させなくちゃいけない。災厄が起こった時、それに対抗するために」
バスチアとマリーも反論はなく、頷いていた。
皆がいいのであれば美羽に反対する理由はない。同意し、塔の再建設に取り掛かった。
それと同時に塔の防衛のために力が必要になる。
そこで各々が鍛錬に励むこととした。
正直、美羽に戦闘の才能はなかった。
剣をとっても満足に振るうことが出来ない。格闘術も身体捌きが上手くできない。
センスというものが全くと言っていいほどなかった。
そのことを相談すると大河は、
「少し危険もあるけど力が手に入る方法があるにはある」
と言葉を濁す。
力が欲しかった美羽は、その話に飛びついた。
本当に良いのか? と問う大河に二つ返事で頷く。
すると、目を細めて、満足そうに、得意気に笑みを浮かべた。
「ありがとう」
感謝の言葉に美羽は心がくすぐったくなった。
数年の月日が経つと、仲間も増えた。
悪に対する抑止力。それが美羽たちの目的――存在意義。
いつの日か訪れる、戦いの時まで力を蓄える。
そして美羽は魔法使いとして大成した。
――それなのに……
美羽の魔法は打ち破られた。
十年の歳月をかけて蓄えた力は通用しなかった。
黒く染められる世界の中で、美羽は打ちひしがれていた。
そして新たに構築された幻想世界は、今しがた壊された世界――十年前の世界だった。
なんで?
魔法反射は、術の効果をそのまま相手に返すものだ。
美羽の魔法は――作りだした幻想世界は真実、その魔法を反射したところで結果は何も変わらない。そう思っていた。
…………………………――――何これ!?
仲間を殺す大河。そしてその脅威に怯える沙月。
美羽が聴いていた事実と相反する光景。
巨大な魔力の波動を放つ大河から、おじいさんが沙月を護り、転移魔法でどこかへと飛ばした。
その直後、轟音と共におじいさんは消し飛んだ。
その轟音を聞いた美羽が最上階へとやって来る。
これが事実……。
慰める大河の瞳は美羽を見てはいなかった。
絶望に包まれる美羽を見て、大河は
今まで信じていたものすべてが音を立てて崩れた。
心の支えだったものが嘘だった。
目の前が真っ白になる。美羽の中で何かがプツンと切れた。
「そんなの嘘だぁぁぁあああ――」
キャパシティーを超える魔力を放出。
亀裂の入った空に、突撃するの如き勢いで突っ込む。
強引に幻想世界から脱出する。
はぁはぁ、と肩で息をしながら正面を見据える。
そこには悲しげな表情を浮かべた沙月がいた。
哀れみを含んだ瞳。それが美羽をさらに追い詰めた。
自分の過ちを、胸に剣として突き付けられた気がした。
そしてそのまま肉を裂き、突き刺さる。抜けない刃。それを振り払わんと美羽は突撃する。
「私は何も間違っていない!! 間違ってないんだぁぁあああ――ッ!!!」
咆哮と共に一陣の風となって空を駆ける。
魔力の枯渇。視界が歪み、全身の力が抜けていく。
拳を握る。喰いしばると歯が欠けた。
魔法なんて使う余裕はない。
残った力をすべて叩き込む。防がれることは分かっている。それでもやらずにはいられなかった。
迫る沙月は動かない。ようやく動いたかと思うと、ゆっくりと両手を広げて、優しい
息を呑んだと同時に拳が沙月の腹を殴る。
何の防御もしていない無防備な身体への一撃。
苦しそうな声を抑えて、沙月は美羽を抱きしめる。
抱きとめられた美羽の瞳からは涙が溢れる。
止めたくても止まらなかった。止める気もなかった。
すべてをさらけ出す様に泣いた。
嗚咽を漏らしながら謝った。
沙月は何も言わなかった。ただ、黙って頭を撫でていた。
少し落ち着き、顔を上げると、額に大粒の汗を滲ませた沙月が笑っていた。
そして浮力を失った飛行船のようにゆっくりと落ちる。
ごめん、そう口が動いた次の瞬間――、重力になされるがまま急降下。
沙月は、気を失っていた。
美羽も人ひとり抱えて飛ぶだけの力は残されていなかった。
迫りくる地面に舌打ちをして、沙月の頭を胸に抱くようにして丸くなった。
大地との衝突は不可避だった。
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