Episode04 鎧騎士(1)

 ユートピアの頂上へと向かう道中。


 登丸先輩の語った話は、あまりにも受け入れ難い内容だった。

 現代で奴隷だなんて……、


「そんな経験をしたから登丸先輩は……」


 話すのが苦手に、そう続けようとしたところ、


「元々コミュニケーションは下手だったから……」


 消え入りそうな声で、頬を朱く染めながら言う。


「あ、あぁ……」


 誰もが言葉を失う。

 ストンと腑に落ちる。決して口には出さないけど。

 表情に出ていたらしく、茹蛸ゆでだこのように真っ赤に染めた顔を両手で覆う。


 因みに、無口キャラを志したりもしたらしい。

 参考にしたのは初等部のときに出会った、黒野先輩だそうだ。

 本人を知らないので、なんとも言えなかったが、多分そのキャラ付けは失敗に終わったのだろう。


 それにしても……


 道中、誰にも遭遇しない。

 サンが逃げ出してきたのは数日前だったはず。

 そんな短期間で完成するものなのか? それとも完成間近だったのだろうか。

 たとえそうだったとしても塔が完成しているとは思えない。

 辺りには作業をしてたと思しき痕跡が至る所に見受けられる。

 作業道具が散乱している。


 まるで作業中に全員が姿を消した――消失したかのようだ。

 例えるならば沈没する船からネズミが逃げ出したようだ。


 沈没する船……この塔で何かが起ころうとしている?

 だとすればここにいるのは危険だ。


 だが気づくのが少し遅かった。


「ごきげんよう。侵入者の諸君」


 不気味で不快な声が掛けられる。

 くぐもった声。その正体は全身鎧フルプレートの騎士。

 騎士は馬にまたがっている。

 騎乗した馬には額からねじれた角が生えている。

 一角獣――ユニコーンだ。


 妖怪の世界の事も多少は勉強した。

 ユニコーンは容易に使役できない。

 それを使役している鎧騎士は相当の実力者なのだろう。



「用件は言わなくとも……お解かりですよね?」


 敵意を隠すつもりは無いらしい。


 《夢幻回廊むげんかいろう》――最上位催眠魔法の阻止。それがこちら側の用件。

 そして相手側にも用件はある。

 単純明快。相手方の用件――邪魔者の排除。

 それはつまり、戦闘は避けられないということ。

 なるべく戦闘は避けたい。

 説得はできないものか、必死に考えを巡らせる。

 解決策が見つかるよりも早く――、


「苦しむことなく終わらせる」


 死の宣告に空気が張り詰める。

 空気が揺らいだ――気がした。



 ガキン――ッ。



 鎧騎士は肉薄していた。

 サンが鋭い爪で鎧騎士の剣を受け止めていた。


「サン!? 裏切るつもり?」

「そんなつもりは無いんすけどぉ……」


 困ったようにサンは頭を振る。

 サンはどちらにつくのか悩んでいるようだ。

 しかし、サンを当てにすることは出来ない。

 元々サンは敵側なのだ。奴隷のような扱いを受けていたようだが、それにしてはユートピアの事情に詳しすぎる。

 ただの奴隷が内部の細かな情報を知っているのはおかしい。

 もちろん冬夜の考え過ぎという事も充分に考えられるが。


「冬夜くん」


 真白が冬夜の袖を引く。


「血、吸わせてくれる?」


 傍から見れば場違いな頼みだ。

 だが、相手が真白ならば話は別だ。

 首を差し出す様に向けると、カプリと牙を突き立て吸血する。

 ヴァンパイアの真白にとって血はエネルギーそのもの。吸血行為はエネルギー補給である。


 冬夜の首筋から真白の唇が離れる。

 真っ赤な血液が滴る。


「とっとと片付けようか」


 膨大な妖気を纏った真白が笑う。

 最強の種族――ヴァンパイア、その本性――覚醒した姿。

 なぞるように唇を舐める。

 紅をさしたように唇が紅く染まる。

 その姿はとても魅惑的だった。

 危険な香りに誘われてるだけなのかもしれない。


 覚醒した真白は、普段の真白からは想像もつかないくらいに好戦的だ。

 ヴァンパイアという種族の本能。

 真紅の瞳に紅色の髪をなびかせる姿は、戦神の化身そのものだった。


「ヴァンパイアか……面白い」


 面頬めんぼお付きのかぶとのため表情はわからないが、きっと鎧騎士は笑っている。

 声が弾んでいた。


「馬には騎乗しなくてもいいのか?」


 真白の問いかけに、


「戦いづらいだろ?」


 と平然と言ってのける。

 じゃあなんで騎乗していた! とツッコミを入れたくなったが、口を挿むのは憚られた。


「それじゃあ騎乗する意味がないじゃないか」


 真白は疑問をそのまま口に出す。

 きっとろくな答えは返ってこないと言うのに。


「騎士っぽいだろ?」


 ほら、やっぱり。

 全く中身の無いやり取り。しかし互いに隙は見せない。


「じれったい」


 先に痺れを切らしたのは真白だった。

 疾風の如き加速で鎧騎士に迫る。

 一閃。

 いつも勝負は一瞬でついた。

 繰り出した蹴りは一撃必殺だった。


 しかし、鎧騎士は真白の蹴りを受け止めていた。


「さすがに痛いな」


 ――!!?


 真白の攻撃が通用しない。

 その事実は衝撃的だった。

 真白という存在は最高戦力そのものだった。

 冬夜たちの驚きとは対照的な反応を見せるのは、攻撃を防がれた当事者だった。


「やるな」


 口角が僅かに上がる。

 その笑みは、いつもの真白が見せる柔和なものではなかった。

 残忍な破壊者の浮かべる禍々しいものだ。

 鎧騎士も同様にヘルムの下で笑っているのだろう。


 強者のみが味わうことのできる感覚。

 ようやくめぐり合うことのできた自分と対等の存在。

 そんな存在と出会う事の出来た喜び。

 幸福感が二人を包んでいることだろう。


「第二ラウンドと行こうか」


 真白は不敵に笑い、鎧騎士は剣を構えた。


 二人の強者が激突する――。


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