Episode03 ユートピアと過去(4)

 藤村大河――理想郷にて共に過ごした仲間。

 絶対的な信頼を寄せていた。

 あの時までは……




 塔――ユートピアを中心とした全方位雷撃――、

 その直後。


 沙月は走った。

 恐怖の対象でしかなかったはずの塔の中へと逃げ込んでいたのだ。

 それほどまでに轟く雷鳴は強烈だった。

 幼子一人にトラウマを植え付けるには十分なものだった。


 塔の中を駆け回る。

 目的は塔に残った仲間を探すこと。

 しかしどこにも姿は見当たらない。

 仕事場にも独房にも、誰の姿もない。


 そこで沙月は、今まで足を踏み入れたことの無い――奴隷立ち入り禁止の区域に足を踏み入れた。


 螺旋状らせんじょうに伸びる階段を一段、また一段と上ってゆく。

 壁から突き出した無数のクリスタル。美しく輝くそれらは魔力を宿している。

 塔そのものが、一つの巨大な魔力貯蔵庫の役割を果たしている。

 巨大な魔術を発動するための媒介となりえる。


 そんな塔の最上部。

 殺風景な部屋の中央に無造作に置かれた巨大なクリスタル――魔石の大きさは優に五メートルを超える。

 クリスタルを見上げる影が一つ。


(タイガ?……)


 入口からそっと覗くと、そこには見覚えのある後姿。

 これまで辛い時を共に過ごし、支え合ってきた大切な仲間。


 そんな思いとは裏腹に、大河は銀の流星と同じローブに袖を通す。

 なんで!? 沙月は自分の目を疑った。そんなはずはないと。

 銀の流星の術者たちが大河に傅いている。

 そのさまは異様というほかない。

 何故彼らは奴隷に傅いているのか。

 

「ねぇ……なにしてるの?」


 ゆっくりと振り向いたその顔は、沙月の知る顔ではなかった。


「お下がりください。ヘレス様」


 銀の流星は、大河の前に人の壁を作る。

 そして大河の事をヘレス様と呼ぶ。異様な光景だ。


「頭が高い。こうべを垂れよ」


 そう言って手を差し出す。

 瞬く間に魔力が集結し巨大な球体を生み出す。

 それはまさしく死の象徴。

 魔法の知識に乏しくとも、沙月も魔女の端くれ、直感的に理解できた。


「随分と賑やかじゃの?」


 緊迫した空気を無視して、能天気な声が割って入った。

 痩せ細った身体に、曲がった背中。

 塔の建設当時からいるというおじいさんだった。


「おじいさん!? 逃げて!!」


 銀の流星の魔術師たちは、一斉におじいさんを排除しようと動いた。

 その先には一方的な暴力が待っている――はずだった。


 おじいさんは軽い身のこなしで魔術師に肉弾戦を挑む。

 魔術師たちはなすすべもなく倒されていく。

 元々魔術師や魔法使いという存在は、肉体を駆使することを苦手としていた。

 体内の魔力、自然界の魔力に働きかけて、魔法や魔術は発動する。

 精神的な鍛練は行うものの、肉体的鍛練は二の次となってしまう。

 何かを究めようとすれば、何かを犠牲にしなくてはならない。

 魔導を突き詰めるとは――すなわち身体的強化をおざなりにすることに違いなかった。


 おじいさんは、そんな術者たちの弱点を突いたのだ。

 だが、次第に劣勢へと追いやられていく。

 あくまで虚を突いた奇襲に過ぎない。

 体力的にも限界がある。


「かっこよく登場しといてなんじゃが……限界みたいじゃのぉ」


 相変わらず呑気な口調でおじいさんは続ける。


「取り合えず、お嬢ちゃんだけでも逃がすとするかの」

「なにを言っている?」

「《波動はどう――ざん》」


 腕を振るうと、次々と術者たちが切り伏せられていった。


「ほう、魔導の心得があるのか」


 大河は冷静な口調で言う。

 顔も声も大河であるはずなのに、沙月には目の前の人物が同一人物には思えなかった。

 大河はすぐに関心を失ったように、


「終わりにしようか」


 球体状の魔力を打ち出す。


「《波動はどう――へき》」


 おじいさんの前に風の障壁が生まれる。


 そして障壁に、球体状の魔力とがぶつかる。

 立っていられないほどの暴風が沙月を襲う。

 部屋の中に充ちた魔力が爆発。

 破壊された壁の眼下にのぞむ暗い海に、爆風に巻き込まれた術者たちが飛ばされ、落ちていく。


 沙月はおじいさんにかばわれたため、塔から放り出されずにすんだ。

 身を屈め、沙月に言った。


「今からお嬢ちゃんをわしの友達のところに送る」

「ともだち?」

「そうじゃ友達じゃ。変わり者じゃがな……」


 逡巡した後、いい奴だ、と自分に言い聞かせるように言って、魔法陣を床に描いた。

 おじいさんも一緒? と尋ねると、


「儂はあの坊主を連れて行くから、少し遅れる」


 と、言って立ち上がる。

 一瞬、その小さな背中が大きく見えた。


「それじゃあ……元気でな」


 笑った横顔の中に、おじいさんの覚悟を見た気がした。


「かき消えろ」


 魔力の砲弾が放たれる。


 その砲弾が届くよりも早く、魔法陣は光り輝き、沙月を包み込んだ。

 おじいさんに手を伸ばす。

 しかし、無情にもおじいさんの姿はかき消えた――


 …………

 ……

 …


 気がついたときには、浜辺に打ち上げられていた。

 辺りを見回すも、自分以外に人影は無い。

 打ち寄せる波が、膝下まで迫っている。


(ここは……どこ?)


 押し寄せる不安の波に、飲み込まれそうになる。

 ブロロロと黒い煙りを吐き出すおんぼろバス。

 そこから、藍色を基調とした制服を纏った男性が下りて来る。不気味な笑い声をあげながら。


「ヒヒヒ――、本当に来たねぇ。アイツは――来てないか……」


 浜辺を見渡して、沙月しかいないことを確認して、淋しそうに呟いた。


「こんにちはお嬢さん。もう、こんばんはかな?」


 空はまだ明るかったが、空には星が散らばっていた。


「お嬢さん、君をここに飛ばした爺さんはどうした?」


 沙月は答えられなかった。

 だって何も知らないから。

 だから沙月は見たままを話した。


「そうか……、アイツはもう……」


 意図的に濁した言葉は、沙月に配慮した結果か。

 それでもニュアンスで大体のことは察しがついた。

 おじいさんは無事ではいられなかったのだと。


 だからこそ正直に話してもらいたかった。

 包み隠さず話してもらいたいと頭を下げた。


 渋い顔をしながらも男は、ポツリ、ポツリと話し始めた。


 おじいさんは、かつては大魔導師と呼ばれた人間であること。

 人とあやかしの共存のために、世界を股にかけて活動していたという。

 その活動の最中さなか、行方が分からなくなったらしい。


 男はおじいさんの話を、どこか懐かしそうに――そして哀しそうに語った。


 頬を伝って落ちた雫が、足下に小さなシミを作っていた。


「おやおや、アイツのために泣いてくれるのかい?」


 嬉しいねぇ、と考え深そうに言うと、行く当てはあるのか? と尋ねる。

 沙月は首を振る。


「わたしは、どうしたらいい?」


 うーん、と唸ってから、


「お嬢さんが良ければ、アイツが作った施設に行くといい。送って行ってあげるよ」

「しせつ?」

「ああ、怪奇学園だよ」


 ヒヒヒと笑った男は、


「ところで、お嬢さんはいくつかな?」



 そして沙月は怪奇学園初等部に入ることとなる。

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