Episode03 ユートピアと過去(3)
十数年前――
登丸沙月は囚われの身だった。
巨大な塔に監禁されていた。
けれども沙月は、物語に登場するようなお姫様ではなかった。
魔法使いの家系に産まれた子供――魔女だった。
生れつき魔法を使う素養があった。
魔女は、自身の魔力と自然界の
沙月は自然界の魔力への干渉力が強かったらしい。
そんな沙月に目をつけたのが魔術結社――銀の流星。
人からも、あやかしからも、冷遇されてきた魔術師たちが創設した組織。
反人間・反妖怪の立場をとる。
何も知らない当時の沙月は、日常的に振るわれる暴力に怯え、震えていた。
窮屈な日常も終わりを迎えた――今から十年前のあの日に……――
…………
……
…
十数年前――
ある日、建設中の歪な形の塔に連れてこられた。
自分と同じくらいの年の子供――人も妖怪も関係なく――が集められていた。
痩せ細って骨と皮しかない身体に、鞭を打たれていた。
ボロボロの服には、赤黒く血の跡が滲んでいる。
「さっさと歩け」
首に取り付けられた鉄製の首輪。そこに繋がれた鎖を、沙月を連れ去った男が引っ張る。
その勢いで突っ伏して倒れる。
すぐさま強引に立たせられる。
すでに首には、首輪によってつけられた擦過傷ができている。
それからは毎日、魔力を塔に供給した。
それが沙月に与えられた役割だった。
保有する魔力(妖力)が少ない――または保有しない人間と妖怪は肉体労働を課せられた。
毎日魔力が枯れる寸前まで搾り取られた。
いつ死んでもおかしくない状態だった。
毎日一回。食事が与えられた。
カビの生えたパンにハムが一切れあればいい方で、歯を立てても噛み切れないカチカチの石の様なパンを、唾液でふやかして食べたりもした。
常に栄養失調気味だった。
劣悪な労働環境の中で毎日多くの仲間が倒れて行った。
怪我や病気の治療など施されることなく、死を迎えるその瞬間まで働かされた。
塔に連れてこられて、すでに数年の月日が過ぎていた。
塔での監禁生活にも慣れた? と言って良いものか……
仲間ができた。
同年代。それも同じ時期に、連れ去られてきた子たちとは自然と仲を深めた。
塔の建設が始まって数十年以上の月日が流れており、奴隷の多くは限界を迎えていた。
終わりの見えない塔の建設。
監禁されて五年ほどしか経過していない紗月も、心身ともに傷ついていた。
それが十年、二十年と続けば、その心身の疲弊は計り知れないものになるだろう。
今までせき止めていた憎悪という感情が溢れ出した。
反乱という形で。
ほぼすべての奴隷たちが反乱に加担した。
もちろん沙月も加わった。
多勢に無勢。
今まで支配されていたのは何だったのか、そう思わせるほど、いとも簡単に銀の流星の魔術師を拘束することができた。
次々と塔を脱出する。
海上に浮かぶ塔。
脱出には船か泳ぐ以外の方法はない。
「タイガ。早く行こう?」
「いや、オレはいい……」
くじけそうな時、いつも支えてくれた仲間――
沙月よりもずっと長い間、塔で監禁されていた大河は、今や奴隷たちの中でもかなりの古株だった。
まだ十代であるにもかかわらずに、だ。
顔から首筋にかけて焼印がある。それは銀の流星の紋章――奴隷の証だった。
一部、建設当初からいる奴隷の人もいた。
そうした人たちは、誰一人として五体満足ではなかった。
「じいさん達が逃げる時間を稼がないと」
強い意思を感じさせる言葉を残して、塔の中へと戻っていった。
多くの奴隷たちが海に向かう。
自由を手にした奴隷たちは、歓喜の声をあげる。
身体の悪い者、体力の落ちている者は舟に。
元気のある者は、単身海へと飛び込む。
「サツキちゃん、早くおいで」
差し出された手を取ろうと、手を伸ばす。
「なんだアレ!?」
何人かが天を指差す。
塔の頂上を中心に厚い雲がとぐろを巻く。
どんどん広がり、太陽を覆い隠す。
ピカッと閃光が走る。
少し遅れてゴロロロと、腹にひびく重低音が鳴り響く。
放射線状に閃光が雲の中を走った。
空を覆う雷雲から、一斉に閃光が降り注いだ。
一瞬の出来事だった。
塔から脱出した舟は、すべて閃光に打たれ炎に包まれた。
海上に落ちた閃光は、泳いでいる者すべてを感電させた。
水面にぷかぷかと、瀕死の金魚のように浮かぶ人影。
少しずつ沈んでゆく人影を、眺めることしかできなかった。
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