Episode03 ユートピアと過去(2)

 ナツダ島の観光地図。そこには記されていない、もう一つのユートピア――理想郷。

 人ではない者たちにとっての理想郷。

 それはすなわち、人間界とは相容れない世界。


 それが、


「ここなの?」

「話じゃ、ここのはずなんだけど……」


 サンに視線を送る。


「し、知らないっすよ!? 地脈に妖力を注がなくちゃいけないだなんて!?」

「地脈?」


 慌てて口をふさぐが、もう遅い。


「……私がやってみる」


 登丸先輩が何かを探るように、手を地面に這わせる。

 ここ、と短く言って魔法陣を展開。

 魔法陣が赤い光を放つ。


 すると、


 下から突き上げるような振動が襲う。

 目の前の景色が歪み、大きくねじれる。

 空間を裂くようにして現れたのは摩天楼まてんろう


「これがユートピア……」


 超高層ホテルのユートピアとは全くの別物。

 建物の高さで言えばホテルの方が高い。

 しかし、建物が放つ禍々しさは言うまでもなくこちらが上だ。


 建設途中なのだろう。塔の至る所から鉄骨が飛び出しており、それが塔の外観を禍々しく見せる要因の一つとなっている。


「え、えっと……みなさん、もしかしなくても行っちゃうつもりっすか?」

「だって、昨日アンタと真白を攫った奴らもコレの関係者なんでしょ?」


 希望はユートピアを指差す。


「い、いや!? 違うっすよ!!?」

「間違いないようね」

「違うんすよぉ~」


 オロオロしている。

 天然キャラも可愛いものだな。


「それに、妖怪相手だったら殺っちゃっても大丈夫だしね」


 ウィンクしても可愛くはならない、と教えてあげた方がいいのだろうか?

 やっぱり希望も妖怪なんだな。人間とは思考回路が違う。


「サンちゃん。案内してくれるとうれしいな」


 笑顔で頼んでみると、


「いいっすよ!」


 ちょろい。

 もう少し警戒した方がいいだろ。

 この一件が終わったら注意してあげよう。


 そうして難なく、もう一つのユートピアに人間研究部一行は潜入した。


 …………

 ……

 …


「何だこれ……」


 目の前に広がる光景は異質なものだった。

 そこには奴隷同然に働く人間――観光客がいた。それも大勢。

 物陰に身を隠してその様子を覗いていると、


「そろそろ時間だ。次の組と交代させろ」


 全身長ローブのいかにも魔法使い、といった姿の男たちが一言二言交わすと、奥から新たな観光客が現れる。

 そして、今しがた働いていた観光客と交代する形で働き始める。


「あれは催眠魔法ですね。洗脳と言った方が判り易いかもしれません」


 つまり観光客を洗脳して労働力として使っていた、というわけだ。

 世界的観光地であるナツダ島。そこに訪れる観光客全てが労働力になるとすれば、それは相当な数になる。


 それだけの労力を費やして何を建設しようというのか。

 ホテルの別館なんて物ではないだろう。人間を根絶やしにするとか言っていたからな……


「まさか……」


 何かに思い至ったように登丸先輩が言う。


「……そんなはずは……」

「一体何だっていうんですか? 先輩!?」

「止めなくちゃ……――」


 物陰から飛び出すと無詠唱で風魔法を発動。

 一点に集中した風は、ローブ姿の男たちを容易く吹き飛ばす。


 観光客はひたすらに働いている。

 そこに自分の意思はない。

 ただひたすらに働いている。それだけだ。


「術者を倒さないとあの人たちは助けられない」

「でも、観光客はみんな無事に帰ってるんでしょ?」

「表向きは」

「表向き?」

「催眠魔法だけじゃない。この建物自体に問題がある。この塔は人の生気を吸収して動力にしている」


 ――!? 


 驚く冬夜たちに、さらに付け足して言う。


「この塔――ニ棟のユートピアそのものが、魔法を発動する媒介になってる。ホテルの宿泊客から生気を奪い、こっちの塔で奪った生気を魔力に転換――発動する。それがユートピアの正体」

「そもそもユートピアはどんな魔法を発動するんですか?」


 沙月は自らを落ち着かせるように一つ息を吐く。


夢幻回廊むげんかいろう――最上位の催眠魔法にして世界を創り変える禁忌の魔法。その力は神の領域にまで達する」

「世界を創り変える……そんなことって……」


 一個人がどうこうできる規模ではない。

 まさしく世界規模の話だ。


「世界全体に強力な催眠をかける。世界を意のままに操り、支配することができる。内容次第では世界は滅びる」


 止めないと。

 呟くように言う沙月の瞳は、決意に充ちていた――。




 そして一行は、世界規模の――世界を救う戦いに身を投じることになる。

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