Episode03 ユートピアと過去(1)

 サンの話によると、世界的大企業『マスターピース』が建設したユートピア――超高層ホテルは、人間研究部一行が宿泊しているホテルとは別に、もう一棟存在するらしい。

 結界により守られたもう一つのユートピア。

 サンは、そこでの労働を強いられていたようだ。


 加えて、故郷から誘拐される形で、日本にやって来たのだという。

 元々は西洋の森の奥深くに暮らしていたのだとか。

 何故日本語が堪能かというと、物心ついた頃には日本にやってきていた、との事だった。


 それはつまり物心ついた頃にはすでに奴隷だったという事だ。

 人身売買――奴隷という制度自体、日本だけでなく世界的にも廃止する流れのはずだが、妖怪には人間界の法律は適用されないらしい。


 実際に昨日、ひと悶着あった男たちは人間で、サンの事を道具のように扱っていた。

 それが人間と妖怪の間にある溝なのだろう。

 壁と言った方が判り易いかもしれない。


 サン自身が自分の事を奴隷だと口にしたわけではないのだけれど……

 この獣人娘は嘘がつけない――嘘を吐くのが下手なのだ。

 目は終始泳いでいるし、言葉もたどたどしくなる。手遊びが増えて、尻尾が忙しなく動く。


 そんな訳で昨夜は、事情聴取(ただのお喋りとも言う)を行っていたのだけれど……、女性陣の視線は冷たい。


 冬夜は無実だ。

 本来であれば同室である児島先生が証言してくれる、はずだった。

 何故か昨夜、児島先生は部屋に戻ってこなかった。

 その為証言してくれる人がいないのだ。


 サンに至っては、悪気はないのだろうが、


「夜は楽しかったっすね!」


 と、無邪気な笑顔を見せる。

 お喋りできて楽しかった、という意味なのだが、言い方やら、発言のタイミングが絶妙に紛らわしいのだ。


 女性陣のジト目に耐えかねていると、ホテルのロビーにある液晶画面に映った人物が話しかけてきた。

 もちろん話しかけてきたわけではない。


『おはようございます。皆さん、ようこそナツダ島へ。楽しいひと時を、このユートピアで過ごしていただければ幸いです』


 大袈裟に手を広げながら、画面の中の人物が言う。


「この人知ってる。凄いお金持ち」


 希望のいう事は間違っていない。

 物凄いお金持ちには違いない。

 世界的大企業マスターピースの創業者。

 この人工島――ナツダ島の所有者。

 世界長者番付トップ3に名を連ねる大富豪。

 その名は――バスチア。

 国籍、年齢不詳の美男子。

 日本人でない事だけは確かだ。


 人間界の世情に疎い、妖怪――希望ですらその存在を知る人物。


「…………………」


 冬夜の横で青い顔で震えるサン。


「どうしたの?」

「!? ど、どうもしないっす!? ワタシはこの人の事なんか何も知らないっす!!」


 何か知っているのは明らかな動揺ぶり。

 画面が切り替わると、


『常夏のリゾート。世界一のサービスがあなたを待っている!!』


 ビシッと指を差す。

 テレビを点ければ流れてくるメジャーなCM。

 ナツダ島のイメージガールとして抜擢されているアイドル――柊美琴ひいらぎみことだ。


「あっ! ミコトさんっす!!」

「知ってるの?」

「あ、あの……えっとぉ……ワタシは何も知らないっすよ?」


 口笛を吹いて誤魔化そうとする。

 嘘が下手な人間のテンプレートだ。

 本当に隠し事をする気があるのか? と疑ってしまうほど、隠し事にとことん不向きだ。

 少し突っついたらボロが出るかも……いや、間違いなく出るな。


「柊さんってどんな人なんだろうね?」

「琴美さんは凄いんすよ!」


 ほら、簡単に釣れた。


「とってもお強いし、魔法? って言うんすか? も凄いんすよ!!」


 とても誇らしげに語る。

 ていうか、あの人、人間じゃないんだ……

 大画面に映し出された少女を見てそんな感想を抱いていると、


「冬夜はあんなのがタイプなの!!?」


 希望はブレない。


「そうじゃないよ」


 毎度のこと過ぎてツッコミに覇気がない。

 基本的に希望のボケ(?)は放置。登丸先輩がうまい事フォローしてくれている。


 サンに続けて質問する。


「正直に答えて欲しい。ユートピアって一体何なの?」


 困ったように耳を垂れさせ、


「うーん。ワタシは何も知らないんすよ。

 すべての人間を根絶やしにするとか、闇の世界を創るだとか、そんなことは何も知らないんす! 

 それに誰にも話しちゃいけないんすよ!!」


 本当に見事に口を滑らしたな。

 というか、ダダ漏れだ。

 さすがにみんなも軽く引いている。


 そして同時に、みんな気づく。

 とんでもないことに首を突っ込んでしまっているのではないか、と。

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