Episode02 真夏のビーチとケモノっ娘(4)

 観光区域から外れた一画。

 雑居ビル――その一室。


「ぐふふ、全くいい女だぜ」


 下卑げびた声で男は尋ねる。


「それで? サンとはどんな関係なんだ?」


 皮張りのソファーに腰を下ろした真衣は、関係はないと答える。

 つい先ほど会ったばかりなのだ。関係性などあるはずも無い。


 もし関係があるとすれば、二人とも人間ではないということ。

 おそらく男たちは人間だ。

 サンと呼ばれる少女がいて、その関係者(実際は違うけど)を人外と疑わない。それは変化の概念がないということ。


「サンはなぁ、いい労働力になるんだよ。人間と比べて何十倍も働く」


 人とあやかしは相容れない。

 冬夜との関係性があるので忘れがちになってしまう。

 本来、人は私たち――人外をおそれる。もしくは、目の前の男たちのように奴隷のように扱う。


「サンは大切な労働力だが、お嬢ちゃんは俺たちの好きにしていいからな」


 男が舌なめずりをする。


「まあ、近頃ご無沙汰だったからな。ぶっ壊れるまでは遊んでやるよ」


 男たちが真白を押さえ付ける。

 必死に抵抗する。


「怪力だなこの女」

「騒ぐんじゃねぇ!!」


 大きな手が真白の口をふさぐ。


「いっ……いや、やめっ……むぐっ……」


「やれ」


 色欲に駆られた男が命じる。


 ――バァン!!!


 部屋の扉が吹き飛んだ。


「何だぁ?」


 真白は扉を蹴破った当人を見て叫んだ。


「冬夜くん――っ!!」


 …………

 ……

 …


 部屋に入ると、そこには怖い顔した男が十数人。

 そのうち四人が真白を押さえ付け、一人がサンの髪を鷲掴みしていた。


「なんだテメェ!」


 怒気混じりの声。そして殺気。


「……す、すげェ。極道の事務所に殴り込みかけてるよ、僕――息が止まりそうだ」


「テメェ……さっき一緒にいた連れじゃねぇか。また同じ目にあいてぇのか? そんなにこの女が大事か? あァ?」


 刃物をちらつかせながら近づいて来る。

 刺されたら痛いじゃすまない。

 鼓動が速くなる。

 耳元で鳴っているかのように煩い。

 銀色の刃が鈍く光る。


「おいおい、震えてるじゃねぇか。無理すんなよ」


 ――僕が守る。

 ――この命をかけても。


 渾身の力で拳を振りぬく。


 男は左頬に入ったパンチの勢いのままに、右回転。そのまま遠心力も加わり回転しながら派手に飛んだ。

 ピクピクと痙攣けいれんする男は、白目を剥いていた。


「なんだこのガキがぁぁああ!!」

「調子乗ってんじゃねぇぞコラぁあッ!」


 日本刀を持ち出す。

 死ねや、そう言って振り下ろされた刀が、冬夜の胸元を浅く切り裂いた。

 傷口から血が溢れ、白いシャツを朱く染めた。


「ビビっちまったか?」

「殺っちまえ!!」


 高笑いする男たち。

 けれども冬夜はいたって冷静だった。


 遅い。

 なんだこれ? 止まって見えるぞ。

 今まで妖怪相手の戦闘ばっかり見てたからか?

 すべての動きがスローモーションみたいに思える。

 斬り付ける間に、シャツのボタンの一個や二個、留め直せそうだ。


 こんなの……――撃てちゃうよ?


 相手の腹に一撃どころか、ニ撃、三撃と拳を撃ち込む。

 男たちは、ごぷ、と吐血し倒れていく。

 皆一様に、なにをされたのか分からないといった表情だ。


「なにやってんだ!? チャカでもなんでも使ってとっととれ――!!」


 パン。


 銃声が耳に届くよりも先に身体が動いた。

 身を屈めて回避。

 と、同時に地面を蹴る。

 加速の勢いそのまま敵に拳を突き立てる。


「やべぇよ頭!? コイツ、強さがデタラメだ」


 その声は恐怖に震えていた。


 冬夜は拳を構える。


「や、やめてくれぇ……うわぁぁぁああああああああああ――ッ」


 既に男は失神。

 残すは一人。


「何者だテメェ……化け物か……」


「僕は人間ですよ――多分」


 男は腰を抜かしたようにへたり込んだ。


 …………

 ……

 …


「冬夜、カッコイイ」


 惚れ直したと希望が頬を朱く染める。

 うんうん、と登丸先輩が頷いている。


「ありがとう。冬夜くん……」


 かっこよかった、気恥ずかしくて寸でのところで飲み込んだ。

 顔が熱い。きっと朱く染まっているに違いない。


 ん? 

 冬夜は、黙り込んでしまった真白の顔を覗き込む。

 注意を反らすべく、


「それにしても、この娘どうしようか?」

「サンちゃんだっけ? なんか話を聞く限り、訳ありって感じだけど……」


 サンは、ありがとうございます、と何度も頭を下げる。


「人間界じゃ、ケモノっ娘? って言うんでしょう?」

「間違ってはいないと思うけど……この娘、妖怪でしょ?」

「ハイっす! ウェアウルフっす」


 ウェアウルフ――狼男として知られる妖怪だ。彼女の場合は狼娘か。


「でもこの後どうするの? いろいろ訳ありみたいだけど」


 冬夜、真白、希望、登丸の四人は考え込む。


「取り合えず、私たちの部屋に連れていく?」

「そうねぇ……」


 恐る恐るといった様子で、


「ワタシこの人と一緒がイイっす」

「えっ?」


「「「エエェェェエエエエッ――!!」」」


 女性陣は声を揃えて叫んでいた。

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