Episode02 真夏のビーチとケモノっ娘(3)
はっきりとした年齢は分からなかったが、見た目は少女と言っていいだろう。
健康的な小麦色に焼けた肌。ざっくり切られた薄茶色の髪。大きくて丸い瞳は愛嬌を感じさせる。
布地をたっぷり使った緑色のズボンは足首の所で縛られている。
革製のサンダルを履き、白いチューブトップで胸を包み、滑らかな曲線を描くウエスト、肩のラインを惜しげもなくさらしている。
卑猥な印象は受けない――むしろ健康的な印象を受ける。
衣装としては明らかな軽装。
観光客にしては汚れていた。
まるで炭鉱で作業を終えたばかりの様だ。
だが、違和感を覚えたのはその服装以上にその――耳だ。
最初は髪の毛に紛れていたが、本来人間の耳があるべき場所には、柔らかそうな茶色い獣毛に覆われた三角形の耳が生えている。
茂みから出てきた少女の下半身――腰の付け根あたりからは、髪と同じ色のもふもふとした尻尾が見え隠れしていた。
獣人?
冬夜は人外の存在に造詣は深くないが、アニメや漫画――所謂サブカルチャーでその存在は認知していた。
ケモノっ娘というヤツだ。
「誰、です?」
獣人の少女は小首を傾げる。
この問いは名前を答えるのが正しいのだろうか?
「僕は皆月冬夜。こちらが天月真白さん」
「トウヤとマシロ?……」
「え、ええ……あなたは?」
「ワタシ? ワタシはサンっす」
元気一杯に答える。
尻尾が大きく左右に振られている。
「ところでサンちゃんは、こんなところで何していたの?」
ハッと気付いたように、尻尾をピンと立てて辺りを警戒する。
「サンは逃げてきたんすよ」
「「逃げてきた?」」
「はい。サンたちは地下で働かされてて、見張ってる人の隙をついて逃げてきたんすよ」
「働かされてるって」
「それってまるで……――」
奴隷だ。
労働力としてだけの扱い。
そんな扱いが現代でまかり通るのか?
ナツダ島は人工島だ。
突如として地図上に現れた島。
機材は勿論、人材もどのように確保されたのか?
一大リゾート地を作るのには莫大な資金がいる。どこからその資金を捻出したのか。
もしかしたらサンの様な――奴隷を労働力としてナツダ島は完成したのかもしれない。
そして今なお成長を続けるナツダ島。
その象徴――冬夜たちも宿泊している超高層タワーホテル――ユートピア、理想郷を冠するそのホテルは、今や世界有数のホテルとなっていた。
「危ないッ!?」
サンの叫ぶような注意に振り向いた。
背後にはスキンヘッドに入れ墨。見た目は、ヤのつく自営業の人間といった成りをしている。
強襲。
なにか鈍器での一撃。
俯せに倒れる。
「冬夜くん!?」
真白が叫び声をあげる。
すると、
「あれぇ? 空港のかわいコちゃん」
そんな声が聞こえて来る。
「なんだ? お前らがやられたって言う小娘か?」
「うす」
会話を聞く限り、空港で会った男たちと、その仲間のようだ。
「それにしても、よくも逃げ出してくれたなサン」
「………………」
靄のかかった視界の中で、サンが尻尾を力無く下ろして震えていた。
「ついでだ、その女も連れてけ」
「!? や、やめて!!」
助けを求める真白の声。
薄れ行く意識の中で最後に見たのは、男たちに連れ去られる二人の姿だった。
…………
……
…
「ええっ!? 真白が
痺れの残る身体を引きずってホテルへ戻り、連れ去りのいきさつを話す。
真白と登丸先輩は驚き、そして真白の事を心配する。
「帰りが遅いと思っていたら、そんなことになっていたなんて……」
「早く助け出さないと! でもどこに連れていかれたのか分からないと……」
「どこにいるのか分かるぞ」
「分かるって」
「分かるそうです」
「分かるんですね」
………………!? 分かるの!?
三人は一斉に児島先生を見る。
「ん? 分かるぞ」
当たり前ではないか、とでもいいたげな表情で、
地図でいえばここだな、と観光パンフレットについている地図を広げる。
観光区域から外れた山間地帯。
その一画に真白がいるという。
「場所さえ分かれば、みんなで乗り込んで――」
「それはダメだよ~」
「「――ッ!?」」
「運転手さん!? なんでここに?」
「バカンスだよ」
ヒヒヒと笑い混じりに答える。
「君らが人間相手に危害を加えることはあってはならない。そうだよねぇ、先生?」
「ああ、そうだ。人間界での戦闘行為は禁止されている」
「そんな……それじゃ、何もできないって事ですか!?」
「いや、一つだけ方法がある」
児島先生は続ける。
「人間同士のいざこざであれば問題はない。それを罰する校則も無いからな」
つまりそれは、冬夜一人でこの問題を解決するということ。
「どうする少年」
バスの運転手はどこか楽しげに言う。
戦う? 僕が?
暴力とは無縁の生活を送ってきた。
それなのに、いきなり暴力のプロと戦えだなんて。
「皆月。お前ならできるはずだ」
「児島先生……」
本当にできるのか?
非力な僕に。
助けたいけど怖くて仕方がない。身体の震えが止まらない。
それでも冬夜は震える声で、
「行きます」
と決意した。
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