Episode02 真夏のビーチとケモノっ娘(2)

 ビーチの喧騒から離れたくて、人の往来の少ない区域にきていた。


「冬夜……こんなところに連れ込んで……私は、いつでも受け入れOKだからね」

「のぞみちゃん。私と先輩もいるってこと忘れないでよ」

「真白は帰ってもいいよ」

「冬夜くんと二人きりにさせるわけないでしょ!?」


 などと結局騒いでいる。

 今回の合宿旅行の前に聞いておきたい事があった。

 結果として尋ね損ねていたのだけれど。


「ねぇ、みんな……この前の事なんだけど……――」


 一つ疑問に思っていたことがあった。

 話は遡り、警備局との一件の後。

 警備局が潰された事は、学園中が知るところとなった。

 そんな中、とある噂が生徒たちの間で広がっていた。


『警備局の九天茜を倒したのは皆月冬夜』


 そんな噂が広まっていた。

 だが、そんなはずはない。だってあの時、冬夜は早々にやられてしまったのだから。

 独り歩きする噂には尾ひれが付き、いつしか学園最強――とまで呼ばれる(裏で)ようになっていた。


 最弱なのに最強と呼ばれる日々。

 多くの猛者たちが挑んできた。

 もちろん戦えるはずもなく、逃げ回る日々。

 しかし、そんな情けない姿も、能ある鷹は爪を隠す的な扱いを受けた。困ったことに評判はむしろ上がった。



「あの日なにがあったの?」

「冬夜、覚えてないんだね。あの日の冬夜、めちゃくちゃカッコよかったんだから! 冬夜がヴァンパイ――」


 真白が口をふさぐ。

 希望は窒息寸前になっている。

 慌てて手を離すと、真白は、


「心配いらないよ」


 と何かを取り繕うように笑う。


「なにがあったの?」


 繰り返し質問する。

 真白は黙ってしまう。


「冬夜さん。この話はまた今度にしませんか?」


 登丸先輩の提案を受け入れる形で話を切り上げた。

 そのまま遊ぶ気にもなれなかったので、解散することにした。

 折角の楽しい旅行に水を差してしまった。


(僕ってダメな奴だな……)


 みんなと別れた後、一人でホテルに歩いて帰る。

 帰路の道中、ため息ばかりついていた。


 …………

 ……

 …


 あの日。

 冬夜が九天に殺害された日。

 とっさの思いつきで、自分の血液を与えることで蘇生させた。

 間違っていたとは思わない。でも、間違いなく冬夜の人生の歯車を大きく狂わせた。

 ただの人間を、一時とはいえヴァンパイアにしてしまったのだから。


 冬夜の身体にどんな変化が現れるのか分からない。

 何も起きないかもしれないし、起きるかもしれない。

 そんな状況を作ってしまった事が申し訳なかった。

 きちんと話さなければと思いつつ、冬夜があの日の事について、尋ねてこないのをいいことにだんまりを決め込んでいた。


 冬夜だって不安に違いないのに。

 死にかけたのだ――一時は死んでいたのだ。

 気にならないはずないではないか。


「話すのが辛いなら私が話すよ?」

「ありがとうございます、登丸先輩。でも、自分で話さないと」

「そんなことで悩んでるの? さっさと話してみんなで遊ぼうよ」


 呑気な希望の言葉は、真白を気遣かってのものだろう。もしかしたら天然発言かもしれない。


「そうだよね。ちゃんと話した方がいいよね」


 ちょっと行ってくるね、と冬夜の下へと走った。


 …………

 ……

 …


 真白を見送った後。


「敵に塩送るって、こういうことを言うんですかね? 先輩」

「そうかもしれないわね」

「先輩も冬夜のこと好きなんですか?」

「うーん、多分。誰かを好きになったこと無いから分からないけど……尊敬以上の感情があるのは確か」


 そう言った登丸先輩の瞳は、完全に恋する乙女だった。


 私の好きな人には想い人がいる。

 それが友達でさえなければ、強引に奪ってやるのに。


 仕方ないよね。

 どっちも大切な人なんだから。

 恨みっこなし。今回は特別に冬夜を譲ってあげる。

 でもそのかわり、明日はなんとしてでも二人きりの時間を作って(悩殺――虜にして)やるんだから。


 でもやっぱり気になる。

 こっそりついていこうか。


「ダメですよ」


 登丸先輩に首根っこ掴まれて身動き取れない。


 やっぱり気になる~~ッ!!

 青い空に向かって思い切り叫んだ。


 …………

 ……

 …


「冬夜くん!」


 ようやく見つけた背中を呼び止める。

 振り返った彼の顔はどこか寂しそうだった。


「ごめんね。なんか隠し事してるみたいになっちゃって。あの日のこと、ちゃんと話すから――」


 それから事の顛末を話した。

 途中何度も冬夜は険しい表情を見せた。けれども最後まで話を聞いてくれた。


 血液を与えたこと。

 ヴァンパイア化したこと。

 そして、九天を倒したのは冬夜だということ。


「僕は……人間なの?」

「え?」

「僕はまだ人間なの? 真白さん?」


 答えを持ち合わせてはいなかった。

 答えられるはずがない。

 何せ前例がないのだから。

 人間のヴァンパイア化。その変化が冬夜に何をもたらすのか、真白には分からない。


「もしかしたら……人ではなくなるかもしれない」

「それじゃあ、僕はヴァンパイアになるの?」

「それも分からない。人のままでいられるのか、ヴァンパイアになってしまうのか……それとも……」


 それとも? とオウム返しに尋ねてくる。

 言えるはずがない――言いたくない。

 死んでしまうかもしれないなんて。


 人間同士でも誤った輸血は命を奪う。

 他人の血液との接種は危険を伴う。

 それが人とあやかしであれば尚更だ。


 でも、言わなければ……


「もしかしたら……」


 意を決して――言うよりも前に、かさかさと草むらが揺れた。


 !?


 明らかに人目を憚る動き。


「誰!?」


「……………………」


 観念したのか、ひょいと灌木かんぼくの茂みからくだんの人物が顔を出した。


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