Episode05 警備局と暴かれた秘密(4)
心臓が止まってどれだけ経った?
蘇生できるのか?
妖怪であれば大怪我で済んだかもしれない。
だけど、冬夜は人間だ。
妖怪とは違う。か弱い存在なのだ。
わかっていたはずなのに……
本当には分かっていなかったんだ。
私は――私には何ができる?
いつも与えられてばかりだ。
私はまだ何も冬夜に返せてない。
目の前では登丸先輩が時間を稼いでくれてる。
この間になんとかしないと――、
希望が必死に妖力を冬夜の身体に送り込んでいる。
しかし、冬夜の身体は妖力に反応しない。
それは当たり前だ。冬夜の身体には元から妖力がない。生命の源が妖力の妖怪とは違う。
いくら妖力を注ぎ込んでも意味はない……、
はたして本当にそうか?
何か方法はないのか? ひねり出せ。
なんとかしないといけないんだ。
………………………あ、もしかしたら行けるかもしれない。でも、一か八かの完全な賭けだ。
それでも、やるしかない。
冬夜の身体を抱き寄せ、首筋に牙を立てる。
希望の制止を無視して噛み付く。
「なにやってるの真白!? 血なんか吸ったら冬夜、余計に助からなくなっちゃうよ!!」
心から心配してる瞳だ。
こんな時なのに喜んでいる自分がいる。
人とあやかしは分かり合えるんだ。
(冬夜くん、希望ちゃんも登丸先輩も、冬夜くんが人間でも関係なく助けてくれてるよ)
噛み付きながら、涙が伝う。
首筋から牙を離す。
「大丈夫だよ……血を吸ったんじゃない。反対に冬夜くんに血をあげたの」
「血をあげる?」
「そう。私の――ヴァンパイアの血を冬夜くんの身体に送ることで、妖力に反応するようになるかもしれない。そうすればヴァンパイアの治癒力が冬夜くんを助けてくれるかもしれない!」
何の確証もなかった。
人間にヴァンパイアの血を与える。そのことが引き起こす事態など予期できない。
誇り高き大妖怪。ヴァンパイア。
他種族に自らの力の源を与えるようなことはしない。
だから血を与えることで何が起こるのか、真白にはわからない。
ただ、助けたかった。その気持ちだけだった。
「のぞみちゃん、少し貰うね」
首筋に手を伸ばし、頸動脈を確認。
噛み付く。
少しだけ血を貰う。
人とは違い妖力を持つからか、少量の血でも覚醒することができた。
「私は登丸先輩助けに行くから、真白は冬夜を見ていて」
真白は冬夜の胸に耳を当てる。
動いていない……
希望は九天と対峙している。
しかし、今の希望はに妖力を分け与え、少量ではあるが血――妖力を吸われている。
そう長くは持たないだろう。
帰って来い。死ぬな。
ドクンと心音が戻った。
ゆっくりと再開した生命維持活動に安堵する。
意識は戻っていないが、これで一命は取り留めただろう。
あとは……
目の前の敵を倒すだけだ。
「好き勝手やってくれたな……――貴様を許すつもりはない。覚悟しろ」
真白は跳躍。
回転することで勢いをつける。
勢いのまま脚を振り下ろす。
九天は地面に叩きつけられバウンドする。
跳ね上がったところにさらに蹴りを見舞う。
ぐっ、と呻き声とともに吹き飛び、壁を破壊する。
「やった!?」
いや……ダメだ。
破壊された壁の向こう。
土埃の中にシルエットがゆらめく。
「西洋の大妖怪ヴァンパイア……そんなものか?」
首を鳴らしながら笑う。
やはり力不足。
冬夜に血を分け与えたせいで、本来の実力の半分程度しか力が出せない。
不完全な覚醒。
白銀の髪は淡い桜色に染まっている。
深紅の髪が覚醒の証。
人格はヴァンパイアとして覚醒した真白だが、肉体は普段の真白と大差なかった。
身体が重い。
そして蹴りは軽い。
「アレが……九天の正体!?」
「
妖狐――狐の妖怪で、日本では
他の妖怪とは一線を画する存在。神格級の存在。
妖怪の中には神にも等しい存在が
高位の妖狐はそうした神格を得ることもある。
目の前の九十九は間違いなく神格級の存在だ。
ヴァンパイアの真衣も神格級の存在に違いはない。
だが、同じ神格級だったとしても、不完全な状態では戦えるはずもない。
(厳しいな……)
なんとか相打ちに持ち込む算段をしていると、背後で膨大な妖力が突如として発生。
!?
「ッ!? 皆月冬夜!!? 死んだはずだ……人間があの焔で無事なわけが……」
「つまり、そういうことだろ?――冬夜は人間じゃない――妖怪だった、そういうことだ――」
九天が冬夜に気を取られている隙に背後に回り込み、羽交い締めにする。
「来い! 冬夜――ッ!!!」
(お前の力を貸せ!)
深紅の瞳の冬夜が一歩踏み出す。
膨大な妖力が冬夜を中心に渦を巻く。
歩みを速めて近づく。
「皆月冬夜ァアアア!!?」
冬夜は九天目掛けて突っ込む。
逃れようとする九天を真白が締め付ける。
「――グガッ!?」
肺から空気が吐き出される。
逃がしはしない。
より拘束を強める。
握られた拳が炸裂する。
間一髪、真白は離脱する。
九天は後方へと飛んで行く。
真白が告げる。
「これで冬夜が人間じゃないことは証明されたな――」
冬夜は糸が切れた操り人形のように、前のめりに力無く倒れた。
「冬夜!?」
希望は駆け寄り冬夜の身体を抱きしめる。
「安心しろ。傷はすでに治っている。今は体内の妖力を使い果たして眠っているだけだ」
「ありがとう……真白」
鼻を啜りながら希望はお礼を言う。
「気にするな。私も
「正直じゃないんだから」
笑う希望。
「二人とも、まだ気は抜けませんよ。九天さんを倒しても警備局は彼女一人ではありませんから」
登丸先輩の言う通りだ。
普段の三人であればいざ知らず。
満身創痍の身体で、冬夜を守りながら戦うとなると難しい。
「それに警備局には直轄に風紀委員と公安調査部があります。応援が来ると、さすがに私たちだけでは厳しいです」
「一刻も早くここを出なきゃ!」
「そうだな」
冬夜を担ぎ、警備局からの脱出を試みる。
…………
……
…
何だこれは……
三人は言葉を失った。
警備局内には局員がいた。
しかし、全員漏れなくのたうちまわっている。
うなされている。悪夢を見ているのだ。
「忍さん?」
「忍って人間研究の?」
「ええ、彼、催眠魔法とか得意だから、多分そう……」
「今のうちにここを出なきゃ、応援が来ちゃう」
「私が転移魔法を使えれば……」
「無い物ねだりしても意味はない。それに、あそこで先輩が時間を稼いでくれなければ、私たちはみんな殺されていた」
満身創痍のはずなのに、三人の脚取りは来るときよりも軽やかだった。
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