Episode05 警備局と暴かれた秘密(2)

 警備局局長――九天茜は舌打ちをする。

 気に食わない。

 人間擁護の姿勢を取り続ける人間研究部。


 過去に一度、見せしめに部を潰そうと試みたのだが、当時一年生だった黒野忍に阻まれたのだった。

 一瞬、垣間見たあの顔は忘れはしない。

 学園に入学して相対した敵で唯一潰すことが出来なかった存在。


 人間研究部を潰せば貴方に一泡吹かせられる? 

 いや、そんなことはどうでもいい。目障りな存在は排除すればいい。

 黒野忍も人間研究会も潰す。


「局長。人間研究部の件なのですが、一つご報告したいことが」


 局員の一人が言う。

 何だ? と訊ねると、


「人間研究部の弱みについてです」

「ほう? 面白い。話せ」

「はい。人間研究部の一年生部員、皆月冬夜のことで面白い話を聴きました」

「皆月冬夜……ああ、男が一人いたな……」

「その正体についての話です」

「正体?」

「はい。その皆月冬夜の正体が人間だという話です」

「人間? そんなことあるはずがない。ここは大結界の中、人間が侵入できる場所ではない」

「しかし、皆月冬夜は今まで幾度も命の危機を迎えながらも、決して自らの正体を現さなかった、と」


 顔を顰めて、


「それだけでは人間とは確定できないではないか」

「いえ、証人もおります」


 局員の後ろに数人の人影。

 そのうちの一人が歩み出る。


「俺は確かに奴から感じたぜ、人間の匂いを。あれは確かに人間の匂いだ。旨そうな匂いだった」

「匂いか……」


 九天は逡巡し、そうだなと結論を出す。


「論より証拠。私直々に確かめるとするか……それと貴様、名は?」

「あぁ? 俺は田臥だ」

「そうか……口の利き方を知らんようだな」


 九天を囲むように焔が展開。

 それらの焔がまるで意志を持っているかのように宙を飛ぶ。

 そして着弾。それと同時に焔が燃え上がる。


 瞬く間に田臥を焔が包んだ。


 …………

 ……

 …


 ここだな……

 九天は一年生のフロアに来ていた。

 三年生の九天が一年生のフロアに来ることなど普段ではありえない。


 怪奇学園最大の恐怖、その化身と言っても過言ではない九天が姿を現せば、皆がひれ伏すことだろう。

 それでは目的を達することが出来ない。


 完璧な変化、誰もその正体に気づかない。

 だからと言ってこの私が下等な存在を演じなくてはならんとは……腹立たしい。

 さっさと終わらせよう。


 すると向こうから目的の人物が歩いてくる。

 ――すれ違う。

 確信した。


 奴から匂ってきたのは間違いなく人間の匂いだ。

 九天は残忍な笑みを浮かべた。


 …………

 ……

 …


 怪奇学園にも試験は存在する。

 人間界同様に、国数英理社の主要五科目に人間史が加わり、主要六科目となり、定期的に試験が実施される。

 試験の頻度は人間界をまねているのだろう、中間・期末と行われる。


 五教科は微妙……正直赤点ギリギリ。

 学園に来て――毎度のことながら死にそうな目に合っていたのだから、勉強する暇も余裕もなかった。

 だが、運よく人間史なる教科(イージー教科)のおかげで総合点で平均点は取ることができた。


 試験も終わり、一息つこうと思った矢先――、


「皆月冬夜。貴様には人間である疑いがかかっている」


 警備局が襲来した。


 …………

 ……

 …


 周囲に集まった野次馬に構うことなく――むしろ知らしめるように警備局員は告げる。


 皆月冬夜を処刑する、と。


 野次馬たちが息を呑む。


「どういう意味よソレ!」


 希望が噛みつく。

 そんな希望の言葉を聞き流し、局員は、


「皆月冬夜だけではない。お前たち人間研究部も同罪だ。人間隠匿の罪は重いぞ」

「冬夜が人間なわけないじゃない!」

「何故そう思う?」

「だってこの学園に人間が入学できるわけない!」


 確かに、そう言って現れたその女性に局員がかしずく。


「アンタはッ!?」

「ごきげんよう。人間研究部」


 蔑むような視線が冬夜たちを射抜く。

 小動物程度であれば、その視線だけで殺せてしまいそうだ。


「でたらめ言わないでよ」

「でたらめ? 私が何の確証もなくここに来たと?」


 そんなはずないだろう、と高らかに宣言する。


「皆月冬夜は人間。そして人間研究部はその事実を隠そうとした。皆月冬夜は死罪、人間研究部にも同等の処罰を与える」


 冬夜を拘束。

 引きずるようにして連行する。


「お前たちもだ」


 局員の手が希望に向かったその時――、


「《転移魔法テレポーテーション》」


 希望の足下に魔法陣が浮かび上がり、淡い光が包み込んだかと思うと霧散した。

 その後には希望の姿はなかった。


「登丸紗月か……まあ、いい。後で捕えに行けばいいだけの事」


 些細なことは意に反さない、と九天は局員を連れて引きあげた。


 …………

 ……

 …


 人間研究部部室にて。



「冬夜くんが人間――ッ!?」


 真白は驚きの声をあげる。

 しかし、この驚きは冬夜の正体が人間だという事に対してではない。


 冬夜の正体がバレた!? どうにかしなくては、そう思うと同時に、自分には何もできないという無力感を味わう。


「おかしな話でしょ!? 冬夜が人間なわけないのに! 警備局のでっちあげだよ!!」

「う、うん……」


 真白は曖昧な返答しかできない。

 何故なら警備局の言っていることは全て事実なのだから。

 隠匿しているのは実際には真白だけだが、人間研究部員が隠匿している、というのは間違いない。


「希望さん……冬夜さんには関わらない方がいいかもしれません」


 水晶玉を覗き込みながら登丸先輩が言う。


「彼は本当に人間。私たちとは違う存在」

「何言ってるんですか登丸先輩まで!?」

「こうなることを恐れていた……違う? 真白さん」

「え……」

「どういう事!? 真白ッ!!」


 肩を揺さぶられる。

 答えに困ってしまう。

 沈黙を返してしまう。

 それ即ち肯定。


「私は……」

「知ってたの? 冬夜が人間だって!?」


 涙が溢れる。

 罪悪感からか、それとも安堵からか分からないが塞き止められていた涙はとめどなく溢れ出た。


「私が二人を守るから……」

「二人って……登丸先輩、冬夜は!?」

「……冬夜さんが人間なら助け出すのは不可能。おきてに従って死罪になるはず。私は二人を警備局から守ることしかできない」


 希望は瞳を潤ませながら、


「私は助けに行く!」

「冬夜さんは人間で、私たちとは存在そのものが違う」

「そんなの関係ないッ!!」


 真白と登丸先輩は気圧けおされる。


「人間とか妖怪とか関係ない。私が好きなのは冬夜だから」


 部室を飛び出してゆく。


「……のぞみちゃん」

「仕方ないですね」


 笑いながら登丸先輩が席を立つ。


「行きましょうか、真白さん」

「はい」


 短く答えて真白も席を立った。


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