Episode05 警備局と暴かれた秘密(1)

 無事に部誌を刊行。

 人間研究部の部員たちは達成感に満ちていた。


 部誌をみんなで配ることにしたのだが、これが思いの外大反響。

 学園を代表する美少女たちから手渡しで部誌を受け取れる。

 お近づきになれると、男子生徒を中心に部誌に群がった。


 冬夜も配布を手伝っているのだが、全くと言っていい程捌けない。

 学園一の美少女である真白の前には長蛇の列。

 希望の前にも長蛇の列。

 この二人が怪奇学園一年生のトップ2なのだろう。

 一年生男子のほとんどは二人の列のどちらかに並んでいた。

 他の上級生の姿もちらほら伺える。


 だが、登丸先輩も二人に負けていない。

 普段は黒ローブで女っ気がないが、実は美人だ。

 気づいている人はいないだろうと思っていたのだが……

 一年生は別として、上級生は登丸先輩の美しさに気づいている者も多いようだ。

 できた列の大半は二、三年生であった。


 大反響の人間研究部部誌の配布。

 その成果を噛み締めながら、人間研究部員たちは笑い合った。



 その様子を眺める一団。


「人間研究部……」

「こちらが奴らの作った部誌です」

「見る必要はない。人間との共存を謳う奴らの作ったものなどッ!!」


 手にした部誌がほのおに包まれる。

 瞬く間に灰へと変わる。


 風にさらわれた灰が空高く舞い上がった。


 …………

 ……

 …


 部室での祝勝会。

 乾杯の音頭に合わせてグラスをぶつける。

 もちろん中身はジュース。


 参加しているのは冬夜、真白、希望、登丸先輩の四人。

 顧問の児島先生も誘ったのだが、俺はいい、と一言。

 まあ、何も手伝っていなかったから呼ばなくてもよかったのだが……一応顧問だから声をかけないわけにもいかない……


 今日は無礼講! と希望が肉感的な身体を押し付けて来る。

 、ではなく、、の間違いじゃないか?


 時間が流れるように過ぎ去り、空には月が浮かび、月光が窓から射し込んでいた。

 開けた窓からは冷たい夜風が入ってくる。


「黒野先輩も参加できたらよかったのにね」

「あの人、基本学園にいないから」


 だったら普段はどこにいるんだ? という疑問は飲み込んだ。

 学園で黒野先輩の姿を見たことはない。そもそも黒野先輩が実在しているのかすら半信半疑。

 唯一その存在を確認できたのは、部誌刊行時の時だけで、それ以降は何の音沙汰もない。


 ――ッ!?


 下がって! と登丸先輩の焦りを含んだ声が飛ぶ。


 静かに扉が開く。


「そんなに警戒するな。登丸紗月」


 学園指定の制服とは異なるデザインの漆黒の制服。

 漆黒の制服姿の女は室内を見回し「やはり黒野忍はいないか……」と呟く。

 鋭い眼光とともに、


「随分と楽しそうじゃないか。しかし、誰の許可を得て部誌なんてものを配布している?」

「ちょっと待ってよ!? なんで部誌を配布するのに許可かいるわけ?」


 希望は半ギレ状態で突っ掛かる。

 何故? 眉を歪め、見下すように「我々がこの学園の正義にして秩序だからだ」

 絶対的強者が見せる冷たい瞳。

 しかし、覚醒した真白とは違う。どこまでも冷たい瞳。


 今まで出会ったどの妖怪とも違う。

 何かが決定的に違う。

 ハッキリと言うことはできない――あまりにも感覚的過ぎる――本能の部分が告げる。コイツはヤバイと。


 希望の手を取り制止する。

 まだ何か言い足りなさそうな希望も何かを感じ取っているらしい。

 自分でも気づかないうちに変身が解けている。

 ゆらゆら揺れている尻尾は忙しなく動きつづける。危険探知機のようだ。


「だけど部誌に問題があるとは思えない」


 部長が喋った!!? いや、まあ喋るけれども、いつも以上にハッキリと物を言っている感じだ。

 声も小さくない。


 だが、


「大あり。人間との共存を謳う貴様らは排除せねばならない! 今までは誰にも見向きされなかったから放置していたが、注目を集め始めた今では話は別」


 身勝手な理屈。


「そんなの横暴です!」


 真白が抗議の声をあげる。


「黙れ」


 明確な殺意――次の瞬間、誰もがその場から動けなくなった。


 …………

 ……

 …


 災悪さいあくの去った部室で、登丸先輩が静かに話しはじめる。


「あの人は警備局のトップ、九天茜きゅうてんあかねさん」

「警備局って、学園の治安を守るために組織されたっていう……」


 そう、と頷くと、


「もともと警備局は風紀委員を強化する目的で作られたの。でも、彼女――九天さんが入ってから警備局は変わってしまった。組織はトップ次第でどんな色にでも染まってしまう。

 九天さんはその圧倒的な力で組織を掌握。絶対的な正義を掲げたの。でも、その正義は歪んでいて、妖怪至上主義――人間を下等生物と見下すものだった。共生ではなく、力による支配を目指した彼女の思想は、力を持て余した人たちを引き寄せた。

 警備局はもともと委員会直轄の組織だったけど、いまは完全に独立している……」


 力と権力の暴走。

 権力を持った暴力集団――質が悪い。


「そんな警備局にとって人間研究部は目の上のたんこぶ」

「でもそんなのって」


 横暴だ。続く言葉を口にするより先に、


「ちょっと何よソレ!? 警備局だかなんか知らないけど、そんな勝手許されるの!?」

「警備局は教師すら手出しができないほど巨大な組織になってしまったから、生徒にはどうすることも出来ない……」


 力が全ての妖怪の世界では、教師と生徒の関係性も人間界とは異なる。

 実質学園の頂点は警備局という事だ。


 そんな組織に目をつけられてしまった人間研究部。




 ――しかしそれは、これから起こる悲劇の序章に過ぎなかった。

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