Episode04 もう一人の部員(4)
土曜日。
休日返上で部活。
自分で言うのは気恥ずかしいが、青春してるな。
月曜日には部誌を刊行しなくてはならない。
原稿を書き上げ、印刷・製本も自分たちで行う必要がある。
それなのに……、
「ない!!? 昨日までは確かにここにあったのに! 原稿が全部無くなってる!!?」
部室に履いて早々に気付いた真白が悲鳴を上げた。
声はあげなかったものの登丸先輩も驚いているらしい。
オロオロと黒ローブが部室を
「そんな……」
間に合わない。
そんな考えが頭を過ぎった。
あっ、と何か思い出したように真白が、
「全部じゃないけどバックアップもあるから……」
冬夜と真白はパソコンでの執筆だったので、データさえあればどうとでもなる。
しかし、
「うそ……パソコンのデータまで消されてる」
「パソコンまで!?」
一体犯人の目的は何だ?
人間研究部の部誌刊行を妨害? そんなことをするメリットが分からない。
「それにキーボードが泥だらけになってる」
真白はキーボードについた泥を落としながらぼやく。
ただでさえ忙しい時に原稿&データ消失事件が重なり、猫の手も借りたい状況。
そんな時に限って問題は畳み掛けるように勃発する。
「……あ、あの……こんな時に悪いんだけど……私、今日も部活休むね」
「「ぞのみちゃん!!?」」
俯いたまま希望は顔をあげようとしない。
何でと問い詰める真白に答えることなく、
「もう、私行くね」と部屋を出ようとする。
「見損なったよ希望ちゃん」
真白が声を荒げる。
「のぞみちゃんにとっては部活も、私たちも、どうでもよかったんだね。無理して付き合わなくてもいいよッ! 私たちだけでやるから!!」
振り返ることなく部室を出た希望の表情を窺うことは出来なかった。
…………
……
…
「やっぱり来てくれた……くふふふ。探し物はコレだろう?」
土田は手に持った原稿をこれ見よがしに振りながら、
「全然面白くないよコレ。人間界の事もよく知らないで書いたんでしょ? ぼく、これでも人間界で暮らしてたことあるから、まだマシなものが書けるよ。代わりに書いてあげようか? でもその前に……コレ、返してほしかったら……」
「返さなくていい」
「え?」
「どのみちアンタは許さないから……」
力強く言う希望は、鋭い眼光で睨み付ける。
「へぇ、そんな眼もするんだ。いいねぇ……ゾクゾクするよ」
「それは私の大切な人たちの大切なもなモノ、それを侮辱したアンタを――私は許さないッ!」
くふふと笑いながら、
「ぼくだって、こんな原稿に頼らなくたって女の子の一人や二人、自分の力でどうにでもできるんだぁッ」
土田は変化を解いて正体をさらす。
全身がドロドロと流れ出してし、崩れてしまいそうな、一見、泥の塊――集合体。
マッドスライム。
それが土田陽水の正体だった。
…………
……
…
希望が出て行ったあと。
部室では、冬夜と真白、そして登丸先輩の三人で一から原稿を書いていた。
けれども締切までの完成は絶望的。
そんな中、冬夜が、
「僕、のぞみちゃん探して来るよ」
席を立つ。
真白は冬夜を制止する。
「!? ダメだよ冬夜くん。いま冬夜くんまでいなくなったら、本当に間に合わなくなっちゃうよ! 私たちで出来るとこまでやろうよ、ね?」
冬夜は真白の横を通り抜けると出口へと向かう。
冬夜の気持ちが分からない。
やっぱり人間と妖怪は分かり合えないの?
「……冬夜さんは部誌が完成しなくてもいいの?」
登丸先輩が頑張って声を張る。
それでも相変わらず声は小さい。
みんながバラバラになっちゃう。
「登丸先輩、僕も完成させたいと思ってます」
だったら、真白がそう口にするよりも早く、
「みんなで作らないと……のぞみちゃんと一緒じゃないと完成しないと思うんです。これは人間研究部の部誌なんですから」
言い切った冬夜に目を奪われていると、今まで存在感を消していた児島先生が唐突に「これ」と言って一枚の紙を差し出す。
私はその紙を受け取り、そこに書かれている文面に視線を落とす。
冬夜と登丸先輩も覗き込んでくる。
「これって!?」
…………
……
…
なによこれ!?
身体の動きが鈍ってゆく。
マッドスライム。そんなに強い相手じゃない筈なのに……
希望は苦戦を強いられていた。
「さっきまでの威勢はどうしたのかな? くふふふふ」
射出された泥は乾燥することで硬くなり、動きを制限してゆく。
自分の能力をよく知っている。
先制攻撃を喰らったのがまずかった。
冷静さを欠いていたのは否めない。
攻撃が直線的になって読まれてしまった。
その結果反撃を許し劣勢に……反省。
なんとかしないと。反撃の糸口を見つけなきゃ。
その為にも少しでも時間を稼がなきゃ――、
「逃がさないよぉ~」
どこまでも追ってくる。
「しつこい男は嫌われるわよ!」
「しつこいだなんて心外だなぁ。ぼくは、自分の能力を最大限活用しているだけだよ」
スピードはたいしてないが、乾燥した泥で動きの鈍くなった相手なら問題はないだろう。
それに軟体生物並みに自由の利くその身体であれば、どんな場所に逃げ込んだとしても侵入が可能だろう。
隙間さえあれば入り込む。ストーカーにピッタリな能力だ。
隠れても無駄。迎え撃つしかないのか……
「今日は夜まで……いや、朝まで撮影会だぁ……くふふふふ」
一か八か戦うしかないか……、
「のぞみちゃん!! 脅迫状読んだよ。事情は分かってるから――今、助ける!!」
土田は視線だけ声の方へ向け、どこにあるのかわからない口を、ニタリと歪ませたのが分かるほど弾んだ声で、
「天月真白、次の獲物にしようと思ってたんだけど……まさか自分から来てくれるだなんて、うれしいなぁ~」
ぐふふふ、と籠った声で笑う。
きゃぁあああ――ッ!!!
真白の叫び声を聞いて、希望の中にあるリミッターが外れた。
グラララと地面が揺れる。
「何だこの地鳴りは!?」
土田が辺りを見回す。
しかし何もない。
地面に小さな亀裂が幾つも走る。
そこから地面を突き破るようにして植物の芽が顔を出す。
その芽は驚異的な成長を遂げて瞬く間に巨木となる。
「冬夜と真白に手を出したら許さない……私の大切な人に手を出すなぁぁああああっ――」
希望は本性を現し、その能力を開放する。
「こんな事、ありえないッ!?? これは夢か?」
二本の足でしっかりと立った希望は、土田を見据えて、
「……覚悟してよね」
冷酷な瞳で告げる。燃えろ、と。
巨木を囲むようにして宙に浮かぶ火の玉。
ゆっくりと巨木へと近づいてゆく。
「あ、熱い!? 夢じゃないのか!??」
錯乱中の土田は許しを請う。
しかし、希望は躊躇なく攻め立てる。
巨木はあっという間に炎に包まれ、敵を焼き尽くす。
土田は悲鳴を上げ、命乞いをする。
「助けて――助けてくれぇぇえええ!!!」
土田が断末魔の叫びをあげる。
燃え盛る炎も巨木も霞の様に霧散した。
そこには気を失った土田が転がっていた。
「なんだ今のは……」
「今のは幻!? 強力な幻術は実存世界にも影響を与えるって聞いたことがあるけど、のぞみちゃんがそんな幻術を使えるなんて」
希望は取り返した原稿を抱えて、一息ついた。
ペタンと力無く座込み、アハハと力無く笑う。
「みんな……取り戻したよ」
冬夜、真白に登丸先輩。
みんなが希望を労う。
そして互いに謝る。
「私、戻ってもいいの?」
「当たり前だよ。みんなで作業しないと間に合わないよ。ね? 冬夜くん」
「真白さんの言う通りだよ。行こう、のぞみちゃん」
登丸先輩も頷いていた。
…………
……
…
本当に間に合わない。
三人が各々の原稿を仕上げてもなおページの埋まらない部誌。
睡魔が三人を襲う。
うとうとしていると、部室に誰かが入ってくる。
児島先生? でも児島先生はずっと部室の片隅で三人の作業を眺めていたはず……
隣では真白も希望もスースーと寝息を立てている。
向かいの席に座る登丸先輩の身体が大きく揺れている。
そして、ついにみんなが睡魔に敗れた。
…………
……
…
「よぉ、随分と遅いお出ましだな」
……返ってくる言葉はない。
全身黒ローブに、マスクと布で顔を覆い、目元しか素肌が見えない出で立ち。
ファッションとしては壊滅的な出来だ。
まあ、本人にファッションのつもりはないだろう。
他人に姿を見せない完全秘密主義の男。
そのため、人前に姿を現すときは催眠魔法で皆を眠らせた後、姿を現す。
故に男の素顔を知るものはほとんどいない。
「どうせ手伝うんなら、みんなと一緒にやればいいじゃないか」
スルースキルを発動しているのか、視線すら寄越さない。
俺、一応顧問だぞ! 生徒の分際で教師を無視するとは……
いつか思い知らせてやらねばなるまい。
「俺はこれで……」
そう言って席を立つ。
机の上には製本された部誌が平積みされていた。
こいつらの努力が……
俺は三人を順に見やる。
「なぁ、黒野。お前、なにが目的でこっちに来た?」
「みんなは巻き込みませんよ」
それだけ言うと、人間研究部最後の部員――黒野忍は部屋を出て行った。
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