Episode04 もう一人の部員(2)
部誌に載っていた名前は二つ。
登丸紗月と
黒野忍というのがもう一人の部員なのは明白だ。
まだ部員として部に籍を置いているようだが、未だに会ったことがない。
一体どんな人なのだろう。
登丸先輩は黒野先輩のことをあまりに話さない。そもそも口数が少ない。
せっかくなのだから部員全員揃って刊行したい。
「だよね。その黒野? っていう先輩はどこで何やってるんだろうね?」
「希望ちゃん、そんな言い方ないよ。先輩にもいろいろあるんだろうし」
「また真白ったらいい子ぶってる」
「そんなつもりないよ」
平穏な日常。
ここが恐ろしい妖怪の世界だということを忘れそうになるほど、ゆったりとした時間が流れる。
「冬夜。私、ちょっと用事があって、ここで……分かれたくないぃ~!!」
飛びついて来る。
がっちりとホールドするようにしがみつく。
柔らかくて気持ちいい反面――希望も、れっきとした妖怪なので、しがみつく力はかなりのものだ。
そろそろ限界……かも……
「希望ちゃん、冬夜くん苦しそうだから離れて!」
「なによ! ちょっとくらいいいじゃない!」
希望は、その肉感的な身体を思い切り冬夜に押し付けた。
二つの膨らみに顔が埋まる。
息ができない。
フガフガと必死に、酸素を肺に取り込もうともがく。
「イヤーン!! 冬夜ったらそんなに触りたいの?」
フガフガ――(不可抗力だ~っ!)
結局冬夜が解放されたのは、窒息死寸前になってからだった。
そのあとの記憶はない。
気づいた時には、ようやく見慣れてきた天井が目に入った。
男子学生寮の自室のベッドの上に仰向けに寝ていた。
…………
……
…
昨日の記憶が曖昧だ。
ただ、至極の一時を過ごしていたような……気がする。あくまで気がするだけだ。
だか、今日はそんな悠長にことを考えている暇はない。
なにしろ今日は怪奇学園で体力テストが行われるのだ。
学園での生活に慣れ始めたのいいが、体力テストはマズイ。
能力が顕著に現れる。
真白や希望の怪力から推察するに、人間に変化していても、ある程度は妖怪としての力を扱えると考えられる。
妖怪の力の源は妖力。
それは人間にはないエネルギー。
それこそが人とあやかしの決定的な違いだ。
力を押さえ込んでも元のエネルギー量に絶対的な差がある。
どうしたものか。
体操着に着替えた翔太は、目の前で繰り広げられる人間離れした――人間ではない――超技の数々に度肝を抜かれていた。
もはや慣れてしまって、驚き以上に感心してしまっていた。
50メートル走、軒並み8秒台。
走り幅跳び、10メートル越え。
走り高跳び、5メートルを軽々と飛び越える。
世界記録のオンパレードだ。
そんな中で冬夜は男子高校生(人間)の平均的な記録を連発。
体力テストはクラス最下位で間違いない。
しかし、そんな結果と相反して、
「素晴らしいぞ!」
体育教師は冬夜の記録を大絶賛。
「お前達も皆月を見習って、人間らしい記録を出せ。人間の身体能力はたかが知れているんだから」
褒められているはずなのに全然嬉しくない。
「冬夜スゴイ!」
先生同様、希望は冬夜の記録を褒める。
その瞳がキラキラしている。
人間との共存を目的としたこの学園では、いかに人間らしくあることが出来るのか、というのが重要視される。
その点、人間の冬夜は優等生扱いを受ける。
ただ平凡なだけなのに。
「何だよアイツ」
少し離れたところからやっかみの声。
どういうわけか、冬夜は、真衣に希望と言った美少女と親しい。
その事が気に食わない生徒も少なからずいる。
「ただ能力が低いだけじゃね?」
――その通りです。
仕方ないじゃないか、人間だもの。
そんなやっかみ――嫉妬心が事件を引き起こすとは、この時、誰も思ってもみなかった……――
…………
……
…
「冬夜は人間らしく振舞うの上手だよね」
「えっ、そ、そうかな?」
苦笑い。
上手とか下手という問題ではないんだけどな。
素で驚いたりしているだけなんだけど……
「そうかもね。どうやったら人間らしくなるとか、そういう事を書くのもいいんじゃない?」
真白も希望の意見に同調してくる。
真白なりに冬夜にあった研究テーマを考えてくれているのかもしれない。
確かに人間らしさ、という点において冬夜は怪奇学園で一番だと自信を持って言えた。
そもそも人間だから。
「じゃあ、その路線で書いてみようかな」
冬夜は早速執筆に取り掛かった。
…………
……
…
テーマが決まり執筆を始めてしまえばそれまで悩んでいたのがウソのように書き進められた。
自分の原稿を書き終えると他の人の手伝いをする。目下の問題は希望だ。
一番早くテーマを決めていたのに一番執筆が遅い。
研究と称しては人間界の服や髪型を真似て写真撮影会。
研究と称しては料理を作り試食会を開く。
原稿用紙に向かっているのを見たことがない。
すでに締め切りまで一週間を切っていた。
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