Episode03 人でもなく妖怪でもない(3)

 放課後。


 児島先生に言われ、人間研究部の勧誘活動の手伝いにやってきたのだが……


「登丸先輩、どこにいるの?」


 返答はない。

 無理もない、誰も登丸先輩の居場所など知らないのだから。


「それにしても登丸先輩ってよく分からない人だよね」


 全身黒ローブのいでたちは不気味であった。


「そうだよね。登丸先輩、きっとかわいいのに、ね?」

「私のクッキー……」

「かわいい?」

「うん、だって登丸先輩、女の子だもん」


 全く気付かなかった。

 容姿の不気味さにだけ目が行って、性別にまで気が回っていなかった。

 部室には配布用のチラシが無造作に机の上に置いてあるだけで、肝心の登丸先輩の姿はない。


「取り敢えずコレ持っていこうか」


 三人でチラシを勧誘ブースにまで運ぶ。


 部活棟から思いの外離れたところにあるブース。

 勧誘合戦の人波を縫って人間研究部のブースへと向かう。

 ところが人間研究部のブースがあった場所には他の部活のブースが建っていた。


「どうして?」

「あれ? あなた達入部希望?」


 笑顔で三人を迎えたのは見ず知らずの上級生だった。

 登丸先輩は? そう尋ねると、


「なに君たち、あの半端者の部活に入るの? やめときなさいよ!」

「半端者?」


 言葉の意味は分からないが、明らかに登丸先輩を侮辱する意図が汲み取れた。


「いえ、結構です。僕たち、もうすでに人間研究部の部員ですから」


 その場を立ち去る。


「そう、残念ね」


 蔑みを含んだ言葉が背中に投げかけられる。


 …………

 ……

 …


「それにしても登丸先輩が半端者ってどういう意味だろう?」

「多分それって登丸先輩の正体が関係しているんだと思う」

「登丸先輩の正体?」

「うん、半端者って言われてたからきっと登丸先輩は……ってのぞみちゃん! いつまで落ち込んでるの!? もう放課後だよ」

「私のクッキーが……」


 希望は児島先生に強奪されたクッキーの事をまだ引きずっているようだった。


「また作ればいいじゃない。そしたら冬夜くんも食べてくれるよ」

「え……ホントに?……」

「う、うん。もちろんだよ」

「じゃあ、明日にでもまた作って来るね♡ 今度こそ冬夜に食べてもらう」


 元気が出たのはいいが、腕に抱きつくのは……いろいろと問題がぁああっ――。


「ちょっとのぞみちゃん!? 冬夜くんにくっついちゃダメ!!」

「いいじゃん! 冬夜もイヤじゃないよね?」


 それはもちろん!! とは言えない……

 言おうものなら真白の逆鱗に触れそうだ。

 現に真白は黒いオーラを放ってこちらを見ている。

 覚醒していないにもかかわらず、ものすごいプレッシャーだ。


 結局このあと真白の怒りを鎮めるために、冬夜は思い切り血を吸われた。


 …………

 ……

 …


 翌日。


 冬夜は希望の手作りクッキーを頬張りながら、


「今日も登丸先輩、部室にいなかったね」

「どこに行ってるんだろう?」

「そんな事よりも冬夜ぁ♡ はい、あ~ん」

「あ、あ~ん?」

「冬夜くん……」


 昨日に引き続き、真白から黒いオーラが噴出している。

 真白の正体を知る冬夜と希望は急いで宥めた。


 話を逸らそうと、


「今日こそはチラシ配らないとだね」

「そうそう、だから真白も怒ってないでチラシ配る!」


 希望は真白にチラシの束を押し付けると部室から逃げるように出て行った。

 それを追いかけるように、冬夜と真白も部室を後にする。


 …………

 ……

 …


 妖怪の世界で生きていくのは大変だ。

 人間と妖怪の共存を掲げるこの学園でもそれは変わらない。

 妖怪と人とは相容れない。

 じゃあ、妖怪でも人でもない存在は? そんなの決まっている。

 どちらからも受け入れられない。

 結局は自分とは違う他者を排斥するのが、理性ある生物の理なのだ。

 嫌と言うほどそのことを身をもって味わってきた。

 人の世でも、妖怪の世でも、私はひとりぼっちだった。

 人でも妖怪でもない――人と妖怪の中間的存在――魔女である私は……いつも一人。


「何やってるんだ半端者」

「人臭くて敵わないな」


 誹謗中傷には慣れている。

 物心ついた頃から妖怪には馬鹿にされ、人には好奇の目で見られた。

 だから私のことは何を言ってくれても構わない。

 でも、私の……私の……


「あの子たち、アンタとさえ関わらなければ、楽しい学園生活が送れたのにね」


 ……大切な人たちに手を出すな――ッ!!


 言ってやったぞ、と自分自身を褒めてやる。

 がしかし、


「なに言ってんのか聞こえねぇんだよ! この根暗!!」


 暴力が振るわれる。

 変化を解いた同級生たちは、妖怪としての本性をさらけ出す。

 黒ローブを羽織った私は、丸まることで、ダメージを最小限に食い止める。

 その黒くて丸い様は、おはぎを思わせる。

 おはぎとなった私は、理不尽な暴力が過ぎ去るのをただ待つことしか出来ない。


 私に手を指し述べてくれる人なんて……いないと思っていた。


「登丸先輩ッ!?」


 焦りと心配を含んだ声に顔をあげる。

 するとそこには、人間研究部に入部してくれた後輩達がいた――。


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