Episode01 人間とヴァンパイア(6)

「なにイチャついてやがるッ」


 田臥が怒りの声をあげる。

 吸血行為が見えていない田臥からすれば、冬夜と真白が抱き合っているようにしか見えない。


「ふざけやがって」

 

 追撃を加えようとした田臥の身体が吹き飛ぶ。

 ――ッ!?


 周囲一帯に妖気が立ち込め、渦を描いている。

 その渦が暴風を生み出し田臥を吹き飛ばしたのだ。

 その妖気の渦の元凶が姿を現す。


「まさか……お前は……」


 深紅の瞳に、長い髪は鮮血同様の鮮やかな赤に染まっていた。

 鋭い眼光は、小動物程度であれば睨んだだけで殺せてしまえそうだ。

 バチバチと妖気が膨れ上がる。

 その膨大な妖気を纏う存在に田臥は恐怖した。


「これがヴァンパイア……西洋の大妖怪!!?」


 妖怪の世界のことなど何一つわからない冬夜でも直感的に理解した。本物の恐怖というものを。

 田臥に抱く恐怖とは比較にならない。

 生物としての本能が叫んでいる。こいつはヤバい、と防衛本能が警報を鳴らす。

 暴力など振るわずとも感じるプレッシャーは、生物としての次元の違いを物語っている。

 膨大な妖力は大気を震わせ、空を黒く染める。

 先程まで空で輝いていた太陽は、闇よりも深い漆黒の妖気によって隠される。

 まるで夜が訪れたようだ。


「これが真白さんの本当の姿……」


 絶対的強者の立ち居振る舞いで、


「どうした? 。私が怖いのか?」


 田臥をザコ呼ばわりする真白。

 冬夜は息を呑んで二人の戦闘を見守るしかなかった。


「俺がザコだと?」

「違うのか? 私の妖気にてられるような奴はザコだと思うのだがな……

 まあ、いい。さっさとかかってこい。私が欲しいのだろう? ならばお得意の力ずくで奪ってみせろ」


 クスクスとどこか妖艶に笑う。

 その姿に冬夜は目を奪われる。


 うおぉぉぉおおお――ッ!!!


 雄叫びとともに、田臥がものすごい勢いで突っ込んでくる。

 その巨体から繰り出されるタックルを受ければただでは済まない。

 しかし真白は躱す素振りを一切見せない。

 田臥と真白が激突する。


「真白さんッ!!」


 瞬間、ものすごい衝突音と衝撃波が起こる。

 冬夜は地面に張り付き、身体が飛ばされないようにするのが精一杯で、何が起きたのか分からなかった。

 ピタッと静止したまま動かない二人。


「何でビクともしねぇんだ!? 俺のフルパワーだぞ」

「フルパワーか……興醒めだ」


 薙ぎ払うように腕を一閃。すると巨大な体躯を誇る田臥がいとも簡単に吹き飛ぶ。

 くっ、と小さく呻く田臥に一歩、また一歩と迫りながら、


「身の程をわきまえろ――脆弱者せいじゃくもの


 目の前まで来ると右足を振り上げる。

 高々と真っ直ぐに伸びた足はスラリと長く美しかった。

 田臥の位置的にスカートの中が見えるんじゃないか? などと思った瞬間には足が振り下ろされた。

 爆発音のような轟音の後には地面とともに穿たれた田臥が泡を吹いて伸びていた。

 よくアレで死なないものだなと、冬夜は変なところに感心していた。

 伸びた田臥を一瞥すると、興味を失ったと言わんばかりに離れる。

 そのまま歩みを進めて冬夜の前までやって来る。


「私が恐ろしいか?」


 冬夜は否定できない。

 無言を返してしまう。それは即ち肯定と同義である。

 圧倒的な強さは勿論、醸し出す雰囲気がまるで違う。

 冷気の様な視線に優しさはなく、孤高の存在としての威圧感を放つ。

 友達が出来たと笑顔を見せた人物と同一人物とは思えなかった。

 多重人格。それが冬夜が導き出した答えだった。

 一体どちらが本当の天月真白なのか、冬夜は分からず混乱していた。


「そう身構えるな。私は完全に覚醒していない。久しぶりに力を使って疲れているんだ。お前に危害を加えるつもりは毛頭ない。

 それにお前の血は美味だ。殺してしまうのは惜しい」


 息を呑む美しさだった。

 愛らしさの強い普段の真衣とは違った、大人の魅力が今の真白にはあった。


「二度と私と逢う事が無い様に祈っているんだな」


 そう言うと真白の瞳と髪から赤みが抜けてゆく。

 瞳と髪から色が抜けると同時に、何かが抜け落ちたように真白が倒れる。

 冬夜は真白を受け止める。

 とても軽い。この身体のどこにあんな力が秘められているのだろうと疑問が湧く。

 今しがた目の前で起きた戦闘の勝者を抱えながら、冬夜は呟く。


「終わった……のか?」


 …………

 ……

 …


「ヒヒヒ。若いねぇ少年……少年だから若くて当たり前か――」


 タバコを吹かしながらノリツッコミをする男。


「せいぜい死なないようにするんだな。もうこれはいらないな」


 男の手には「退学届」と書かれた封筒。

 それを細かく破いて紙ふぶきにしてしまう。

 風に舞って空高く昇ってゆく紙ふぶきを見つめながら、


「眩しいな」と、手で太陽を隠す。


 青々した空には太陽が燦々と輝いていた。

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