Episode01 人間とヴァンパイア(3)

 学食にやって来ると、すでに人がごった返していた。

 席はほとんど埋まっている。


「人多いね」


 冬夜は真白の言葉に頷き肯定する。

 それにしても居心地が悪い。

 学食に入った瞬間からみんなに注目されている。

 もちろん冬夜にではない。そこまでうぬぼれていない。

 自分が中の中の存在だということは充分理解している。

 みんなが注目しているのは真白だ。

 その容姿は人の目を惹きつける。

 そしてみんな真白の虜になってしまうのだ。

 実際に冬夜もその魅力の虜になっていた。


 二人は学食での食事を諦め購買部でパンをいくつか購入。

 購入したパンを持って中庭へと向かった。

 中庭での昼食も悪くない。なんだかカップル同士の昼食みたいだ。中学時代にもカップルは居た。教室や中庭でいちゃつきながら弁当を突き合っていた。

 爆ぜればいいのに。

 どろっとした暗い感情が心に湧いた。


「どうしたの?」


 覗き込むように身をかがめた真白と目が合う。

 何でもないと取り繕う。

 彼女ではないが勝手に恋人気分を味わうくらい大丈夫だよね?


「何でもないよ。ほら、あそこ座れそうだよ」

「うん。あ、冬夜くん先に行ってて」

「何か忘れ物?」

「うん、まぁね。飲み物買おうかなって」


 真白は自販機を指差す。


「ちょっと行ってくるね」


 自販機へ駆けてゆく真白を冬夜は見送った。

 自販機の前で飲み物を選んでいる姿もまた可愛い。

 背伸びして自販機の最上段のボタンを押している。

 飲み物を買って戻ってくる。


「それトマトジュース?」

「うん、そう。本当は血が飲みたいけど、人を襲うわけにはいかないしね。だから血の代わりに」


(あれ? 僕、血吸われたよね?)


 その時、冬夜は思った。

 やっぱり真白も人間ではないのだと。妖怪――あの田臥裕也と同じ化け物なのだと。


「でもさ……田臥くんの言う通り、何で冴えない――平凡な僕なんかと仲良くしてくれるの?」


 真白は目を見開く。

 そして、


「そんなことないよ! 冬夜くんは平凡なんかじゃないよ」

「ま、真白さん……」

「だって冬夜くんの血、とっても美味しいもん!!……ってどうしたの冬夜くん?」


 思わずこけてしまった。

 関西のお笑い芸人並みに。


「冬夜くんの血は超一級品だよ! だって私が理性で抑えきれないくらい飲みたくなる血だもん!!」


 食糧扱い……


「それにね……私……だったんだよ……」


 恥ずかしそうに声をすぼめ、身体の前に組んだ手を開いたり閉じたりしている。もじもじという表現が最もしっくりくる。


 ……………これはもしや、と淡い期待を抱く翔太であったが、


「直接血を吸ったのは冬夜くんが初めて」


(やっぱり食糧扱いかぁ……)


 涙目になる。

 それにしても吸血行動はヴァンパイアにとって特別な行為なのかもしれない。

 初めての吸血相手――真白の初めて……なんかいい響きだ。


 二人の間に甘い空気が流れる。


 気恥ずかしくなったのか真白は冬夜を突き飛ばし、走り出した。


「もう、冬夜くん黙らないでよ!」


 ――ヴァゴン!!


 冬夜は突き飛ばされ、壁に激突した。


(や、やっぱり真白さんも妖怪……なのね……)


 薄れゆく意識を必死に手繰り寄せる。


「ま、待ってよ真白さん」


 強がって立ち上がると冬夜は真白を追いかけた。


 …………

 ……

 …


 幸せな一日が終わろうとしている。

 入学式が終わっても学校にレクリエーションという名目で縛り付けられた。そのおかげで真白と一緒に学校を探索したり一緒に昼食をとることができたわけだが……

 そして帰り道も一緒に下校。

 なんてハッピーな一日なのだろう。

 十五年の人生で一番幸せな一日だった。

 自分の人生を振り返り、今までの平々凡々な日々に少し落ち込んでいると、


「冬夜くん。あれが学生寮だって!」


 私立怪奇学園は全寮制で、男子寮と女子寮の二棟があると担任が話していた。

 その為、学生鞄とは別に着替えなど生活必需品を詰め込んだバックを一日中持ち歩いた。乳酸が溜まりつつある腕を回す。

 早く自分の部屋に荷物を置きたい。そう思い学生寮に目を向ける。


 ……廃墟だった。


 忘れていた。ここは怪奇学園――妖怪たちの通う学校。人間の世界ではないのだ。

 現実に一気に引き戻される。

 周囲には……墓地。

 おかしい。学生寮を作るのに適した場所のようには思えない。


「不気味だ……」


 零した呟きに真白が首を傾げる。


「冬夜くんは嫌いなのこういう雰囲気? 妖怪なのに珍しいね」


 しまった!? そう思い慌てて訂正する。


「き、嫌いじゃないよっ!」


 平静を装うつもりだったが、声が裏返ってしまった。


「そうなの?」


 疑いの眼差しだがここは押し切るほかない。


「そうだよ!」


 今度は裏返らず返答できた……はず。


「廃墟とか墓地が嫌いって人間みたいだもんね」

「あはは、そうだね」


 乾いた笑いが響いた。

 人間の冬夜は真白の言葉に曖昧に笑う事しかできなかった。


「それじゃ、また明日ね」

「あ、うん。また明日」


 真白が熱い視線を向けてくる。

 まさかッ――この展開はぁッ!!?


「私、今日一日冬夜くんと一緒にいて……ずっと我慢してたの……」

「真白さん……」

「ごめんなさいッ」


 ガブリ


 真白の顔は真っ直ぐに首筋へと向かい、鋭い牙を突き立て噛みついた。


「やっぱりぃぃぃいいいいッ――!!」


 悲鳴とともに冬夜の意識は薄れ、真白の笑顔と「ごちそうさま」という声を聴いて意識を手放した。

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