Episode01 人間とヴァンパイア(2)

 入学式後――。


 冬夜は割り振られたクラスへ来ていた。

 一年三組。それが冬夜が在籍することになったクラスだ。

 外観とは違って内装はいたって普通だった。ありふれた日本の教室。それ以上でもそれ以下でもない。

 少し安心する。

 中学時代と同じ、工場で大量生産された机と椅子。

 さかのぼれば小学時代から慣れ親しんだ机と椅子。


(あぁ、なんか落ち着く……)


 机に突っ伏していると教室に誰かが入ってくる。


「卒業式ご苦労様。改めて怪奇学園にようこそ。俺はこのクラスを担当することになった児島弘道こじまひろみちだ。

 みんな知っているとは思うが……

 怪奇学園うち魑魅魍魎ちみもうりょう――妖怪の通うために創立された学校だ」


 ………………何言ってんの?


 冬夜の混乱をよそに児島先生は黒板に色鮮やかな文字や図を描いている。


「かつて妖怪は百鬼夜行を連ね人間の世界を闊歩した。政治にも関与してきた。人間の社会に根を張っていた。しかし、近代になって街は夜も煌々と輝き闇を照らした。それに伴い妖怪たちは弱体化した。これは日本だけでなく世界的にも同様の事が言える。

 故に我々は人間との共存を図らなくてはならない。その共存の仕方を学ぶのがこの学園の目的だ」


(なに言ってるの先生!? 妖怪ってなに? 何言ってんだよ――!!)


「だから、まぁ、わかっちゃいるとは思うが、人間の姿での生活が義務付けられている。校則にも書いてあるから各自確認しておくように。

 人間に化けることは共存の基本。上手く化けられない奴は卒業出来ないからな」


 児島先生はクラスを見回して、


「まあ、その心配はなさそうだな」


 ふぅ、と安堵のため息がクラス中から漏れ聞こえる。

 そんな中、一人の生徒が鼻で笑って、


「人間なんか喰っちまえばいいんすよ。あんな下等生物に何で俺らが合わせなきゃいけないんだよ。なぁ?」

「え?」


 同意を求められる。しかし、同意を求められても困る。だって僕人間だもの!

 バスの運転手の言っていた言葉を思い出した。『怪奇学園は恐ろしい学校』恐ろしいとはそのままの意味だったのだ。


「まぁ、うちには人間なんていないからな。教師も生徒もみんな妖怪だ。学園長が結界を張ってくださってるからな。人間が入ってくることはない」


(あれ? 僕、人間なのにここにいますけど???)


 児島先生は続ける。


「まあ、もし人間が侵入したら迅速に始末するから問題ない」


 そう言って殺気を纏う。

 クラスのみんなは笑っているが、冬夜にとっては冗談では済まされない。

 もし人間だという事がバレたら……殺されるかも。

 震えが止まらない。

 親父め、なんて学校見つけてきてんだよ。

 一刻も早く学園ここから逃げ出さないと命がいくつあっても足りない。


 ガラッと教室の後ろの扉が開き誰かが入ってくる。


「教室見つけられなくて迷ってしまって、遅れてすみません」


 聞き覚えのある声に振り返るとそこには真白がいた。

 クラスが色めき立つ。


「誰だよあの娘」

「メッチャかわいい」

「美人だぁ……」


 男子のみならず女子も口々に「綺麗」と呟いている。

 心の声が漏れ聞こえているのだろう。

 そして次第にその声は大きくなり呟きから絶叫に代わる。


「「美しいッ! 美しすぎるッ!! こんな娘と同じクラスなんて幸せすぎるゥ―――!!!」」


「……ま、真白さん……」

「あれ? 冬夜くん?」


 二人の間に状況を理解するまで沈黙が訪れる。

 そして理解したと同時に真白は冬夜に抱きついた。


「冬夜くんだー! 同じクラスなんだよね!? 良かったー。知ってる人がいて!!」


(あわわわわ――柔らかい、いい匂いぃぃいいッ――!)


 クラスの男子から悲鳴があがる。

 皆口々に「美少女が、美少女がぁああッ」「うらやましい――けしからん!」と非難というより嫉妬に近い言葉を綴る。



 クラスの喧騒の中、舌なめずりをする男がいた。


 …………

 ……

 …


 冬夜は至福の時を満喫していた。

 現在、隣には絶世の美少女。

 それもやたらとボディタッチが多い。

 年齢イコール彼女いない歴の冬夜にはいささか刺激が強い。

 真白の腰下まである長い髪が揺れるたびに甘い香りが冬夜の鼻腔をくすぐる。


(あぁ、いい匂い。フェチとか無いと思ってたけど、もしかしたら匂いフェチなのかもしれないな)


 そんなことを想っていると腕に柔らかな感触。

 真白が腕に抱きついてきたのだ。

 彼女はスキンシップを取ってるだけ……

 冬夜は自分に言い聞かせながら歩く。


「広いねー。学食ってアッチかな?」


 無邪気な笑顔だ。何も考えていない。意図せず行うスキンシップは脅威だ。その威力は核兵器にも匹敵するだろう。

 廊下を二人で歩いていると、すれ違う生徒がみな振り返る。

 女子生徒からは羨望の眼差し、男子生徒からは嫉妬と殺意が入り混じった視線が向けられる。

 うぅ……視線が痛い。でもこんな幸せな思いが出来るのなら妖怪とかどうでもいいかもしれない。


「やっぱり、いい女だなぁ~。天月真白。俺は田臥裕也たぶせゆうやだ! よろしくな」


 声を掛けてきたのは同じクラスの男子生徒だ。


「何でこんな冴えない男と仲良くしてんだ?」


 そう言うと冬夜の胸ぐらを掴みそのまま持ち上げる。

 冬夜はクラスでの彼の発言を思い返していた。

『人間なんか食っちまえばいい』人間を下等生物と呼ぶ男の言葉は冬夜にとっては恐怖そのものだった。

 もし人間とバレてしまえばこの場で食われてしまうかもしれない。

 人間とは思えないパワーで冬夜を持ち上げ続ける男ならば、本当に人間を食べてしまいかねない。いや、躊躇ちゅうちょすることなく食べるだろう。

 恐怖で声をあげることも出来ずにいる冬夜の手を取って真白は走り出す。


「私たち行かなきゃいけない所があるから」


 遠ざかる冬夜と真白の背中を見つめる田臥は不敵に笑う。


「俺は欲しいものは力ずくで奪うぜ」

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