Episode01 人間とヴァンパイア(1)

「ヒヒヒ……到着したぞ少年……気を付けて」


 何だここ……

 トンネルを抜ける前と完全に別世界じゃないか!?

 怪奇学園前と書かれたバス停の前には真っ赤に染まった海。木々は枯れ果て、大量のカラスたちが緑の葉に代わり木を黒で埋め尽くしていた。

 厚い雲は陽の光を遮り、辺りを暗くしている。

 遠い所でゴロゴロと鳴っている。厚い雲は雷雲のようだ。


 どうしよう……帰りたい……。


「あ、あの運転手さん。僕、やっぱり……いない」


 音もなく消えた運転手を恨みたくなった。


「次のバスは…………一週間後!? ここのバスの運行はどうなってるんだ!!?」


 一週間もこんなところで過ごせるか! やっぱり帰ろう。一日あれば家まで帰れるだろう。

 怖いという運転手の言葉に、不良の多い学校くらいの認識をしていたのだが……違う気がする。

 間違いなく非科学的な事象が起こるに違いない。そう思わせるだけの雰囲気がある。

 周囲を見渡すと――、


「あれが学校か……」


 廃墟――お化け屋敷。そんな感想しか抱けない外観である。

 よし、帰るぞ。トンネルへ向けて歩き出す。

 すると人が歩いてきていた、ふらついている。


「危ない!」


 しなだれかかるように倒れてくる。

 慌てて受け止めるもバランスを崩してしまう。


「あ、やべ……」


 ゆっくりと倒れる。

 思い切り頭を地面に――転がっていた石ころに頭をぶつける。

 激痛が走ると同時に悲鳴を上げた。

 悶絶していると声がかけられる。


「あ、あの……すみません」


 消え入りそうな声が届く。

 と同時に手のひらから伝わる柔らかな感触。

 感覚を研ぎ澄ませると柔らかな中にある弾力に気付く。心地よい触り心地。


「は、恥ずかしいです……」


 その声に視線を自身の手へと向ける。

 右手は張りのあるお尻を鷲掴み、左手は胸を揉んでいた。

 お、おおおおおっπ!!?

 思考が吹き飛んだ。

 女の子!!!

 今更ながらに気付いた冬夜は、慌てて手を離し、両手を頭の上にあげる。

 時すでに遅し、という感は否めないが不慮の事故だとアピールする。


「ごめん!」

「いえ、私今日貧血気味でふらついていたので……」


 そう言うと女の子は冬夜の上で身体を起こす。

 長髪の髪が冬夜の顔に落ちる。

 あっ、いい匂い。

 そして顔をあげた少女に冬夜の目は奪われた。


 可愛い……


 ありきたりな感想。しかしそれ以外の言葉でその愛らしさを表現することは冬夜には不可能だった。

 平凡な人間には平凡な語彙力しかなく、故に平凡な表現しかかなわない。

 そしてその少女が自分と同じ制服を着ているのを見て冬夜は思った。

 こんな可愛い娘がいるのならこの学校来てよかったかも、と。

 冬夜も身体を起こすが、打ち付けた頭から顔の輪郭に沿って赤い雫が伝う。


「あっ、大変ッ!」


 少女はハンカチを取り出すと輪郭に沿わせるように拭ってくれた。


「血の香り……私――」

「!??」


 少女は顔を近づけて、


「もう……我慢できない……」


(なんですとー!!? これはもしかするともしかするのか? シちゃうのか!?)


 潤んだ瞳は何かを訴えかけている。


「欲しいの」


 艶っぽい声でそう囁かれると冬夜の理性は崩壊寸前に陥る。


(がっついちゃだめだ。ダメだダメだダメだ~~~ッ!)


 でも男子高校生の理性などたかが知れている。

 彼女を抱きとめようと背中に手をまわしたところで、


「もう……無理ぃ」


 ガブっ


 え?


 思い切り首筋に噛みつかれた。

 だんだんと意識が遠のいてゆく。

 まるで血でも抜かれているような感覚。献血した時の感覚に似ていた。

 しかし、献血の比じゃないほどに力が抜けてゆく。

 そしてそのまま冬夜は再び仰向けに倒れた。


 …………

 ……

 …


 身体が揺すられている。

 でもどこか心地いい揺さぶりに身を委ねていると、


「……き……さい。……おき……ください……」


 誰かいるのか?

 冬夜はもやの掛かる頭で考える。一体誰だ。誰が僕を呼んでいるんだ。

 意識を覚醒させる。

 思いまぶたを開けると目の前に大きな瞳の美しい女の子の顔があった。


「君は……」


 声を発したことで安心したのか、女の子の緊張で固まった顔が僅かに緩んだのが分かった。


「良かった。全然起きないからびっくりしたよ」


 身体の重い冬夜に対して、少女の方はいくらか元気になったようだ。顔色もいい。

 冬夜は意識を失う直前の事を思い返す。


(思い切り噛まれたよな)


 冬夜は自分の首筋に手を当てる。

 そこにはあるはずの傷がなかった。

 あれ? 疑問符を浮かべながら冬夜は傷を探す。

 けれども傷は見つからない。


「あの、いきなり噛みついてしまってごめんなさい!」


 少女は頭を下げる。

 あ、旋毛つむじだ……可愛い。

 少女の謝罪をよそにそんな事を想っていると、反応がないことに不安になったのか少女はゆっくりと窺うようにして顔をあげた。

 身長差もあって、お互い座っている状態だと自然と彼女が冬夜を見上げる形になる。


(上目使いッ!!)


 その後に続く言葉は言わずもがな――メッチャ可愛いである。

 彼女の瞳が潤んでくる。

 目の端には涙が溜まり、それを必死に堪えている様だった。

 冬夜は慌てて、


「大丈夫だから!」


 と親指を立てて答える。

 すると少女は一筋の雫を落として、


「良かったぁ~」


 と笑った。

 その笑顔に、冬夜は胸を鷲掴みにされた。


「私、天月真白あまつきましろ。よろしくね」

「あっ、僕は皆月冬夜。こちらこそよろしく」


 遅れて冬夜も自己紹介をする。


「私たち完璧遅刻だね」

「え、そうなの。僕そんなに寝てた?」

「ううん。冬夜くんは悪くないよ。私がつい我慢できなくなっちゃって血を吸っちゃったのが悪いんだし」


 ……血を吸った?


 どゆこと?


 冬夜の頭の中はパニック状態。

 情報処理がまったく追いついていなかった。

 すると真白が、冬夜の疑問に答える。

 顔に出てしまっていたらしい。


「だって私。ヴァンパイアだから」

「ヴァンパイア?」


(それって人の血吸って十字架とかにんにくを嫌うアレですか!??)


 パニック×パニック


 怒涛の様に押し寄せる理解不能な事態に冬夜が考えることを放棄しようとしたその時、


「ヴァンパイアは嫌い……ですか?」


 今にも決壊しそうな瞳で見つめられる。

 そんな目で見つめられてしまえば返す言葉は一つしかない。


「ヴァンパイア大好きです!」

「ほんとに? 良かった~。こっちに来て友達出来るか不安だったんです。私と友達になってくれますか?」


 食い気味にもちろん、と返した冬夜に満面の笑みを返す真白。


 こうして平凡な人間――皆月冬夜の普通とはかけ離れた学園生活の幕が上がった――。

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