第18話 

﹙ 前回までのあらすじ ﹚

 魔法と科学の混在する世界に住むホシ博士は、憧れだったオペラ座の女優を復活させるため、ヨルという少女を魔法の水と、科学の力を使ってを作った。

 ヨルと過ごす内に博士は、ヨルが女優のコピーではなく、人としての感情を持つことに気がつき、いつしか彼女に心惹かれるようになった。

 しあわせな日々を過ごす内に、徐々にヨルの様子がおかしくなり、ついには、動かなくなってしまった。

 魔法使いの血筋のヨン君が言うには、ヨルは魔法の力に耐えきれず、壊れ初めている、ということだったが博士はそれを受け入れられず…。



 「 18話 」

 

 ヨン君の、気配が完全に去ってから僕は、扉に背中をつけたままズルズルと座り込んだ。

 床の木目を見つめながら僕は、ヨン君が言ったことを繰り返していた。

「ホントウハハカセモワカッテルンデショウ?」

呪文のような形にならないその言葉を幾度か繰り返して僕は、立ち上がり、机に出しっぱなしのコップを片付けた。

 空っぽになったコップと、手もつけられていないコップ。

僕は、ヨルの後ろ姿を見つめた。


 「ヨル、今日は、いいものを持ってきたんだ。」

僕は、注射器を取り出しヨルに見せた。

「徹夜して作ったんだ、魔法の力を少しだけ弱める薬を。これでもう少し目が見えるようになるはずだよ!」


 薬の結果は思うように出なかった。一度だけでは、効かないのかもしれない。魔法の水はとても、力が強いから。

 僕は、毎日三回、ヨルに薬を打つようにした。

 

 一月が過ぎた。

「ヨル、今日の分だよ。」

効き目を見せない薬を手に、ヨルに近寄ると、ヨルの肌、髪がヌラヌラと、緑のような、青のような濁った色の水に濡れているのに気づいた。

「なんだそれは?」

頭の片隅でヨン君の、言葉を思い出した。

「マホウガフショクシタンデス。」

ぼぉっとヨルを見下ろしていると、ヨルの首がかたんと、傾き僕の方を見た。

「あ。」

金色に濁った目を僕に向けて、ボロボロになった彼女は、ホロホロと、透明な涙をこぼした。

「ホシさん…助けて…」

ヨルの、毛先が青緑の液体に少しずつ溶かされているのをみた。

 「ヨル…」

本当は、もう、ヨルが動かないってわかってるんでしょう?、というヨン君の言葉が、頭に浮かんで沈んだ。


 濁った目で、僕を必死に見上げるヨル。動かないことをわかりながらも彼女の魔法を解けなかった僕。

 

 「ごめん。ヨル、ごめん。」

僕は、濁った目のヨルとしっかりと目を合わせるようにして言った。

 「…もう、終わりにしよう。」

ボロボロと、生暖かい液体が僕の頬を伝った。僕はたまらず、うつむいて、顔を拭った。

 窓際の椅子に座るヨルと目線を合わせるようにしてしゃがみ、濁った水に覆われたようなヨルの頬に両手を沿わせた。濁った液体は、僕の手に触れると、少しだけ黄色く光った。

 「こんな風にしてすまない。」

ヨルの目を見ていると、また、手放したくなくなるような気がして、片手で彼女の目を覆った。

 そして、唇をあわせた。

 

 ヨルから、ゆっくりと唇を離し、彼女を見上げた。

 朝日の昇る前の薄暗がりは、ヨルの濁った金色を際立たせた。

 ヨルの魔法は解けなかったのだ。ヨルは相変わらず、濁った金色の瞳で、濁った液体に包まれ、とかされ、苦しそうで、僕は、その場にしゃがみこんだ。生暖かい液体は、僕の両目からとどまることを知らないかよように流れ落ち、僕は、それをただ、ただ、不快だと感じた。

 ヨル、ごめんなさい。美しい君をダメにしてしまって、ごめんなさい、君は、僕を恨んでいるでしょうね。

 僕の涙は、床板に黒い染みを作った。


 「ホシさん、」

ヨルの声に僕は、顔をあげた。ヨルの瞳の金色が揺らいで、青い色が覗いた。

濁った液体は消え去り、ヨルの白い肌を見せた。

「ヨル…?」

「そうです、私です。」

ヨルは、ふんわりと微笑んだ。僕は、よろよろと立ち上がり、ヨルの頬に触れた。

「ねぇ、ホシさん、あなたは今何を感じていますか?」

昇り始めた朝日がヨルの頬を照らした。

「私、今、あなたとおんなじ物を見てますか?」

ヨルは、満面の笑みを浮かべ、あなたと同じものをみてます、と呟いた。

 僕は、ヨルを抱き締めて、何度もうなずいた。

 


 ヨルは金色の光になりながら、サラサラときえてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る