第7話
庭の草花が、すっかり背丈を伸ばし、白や、薄桃色の花を風に揺らすようになった。春の香りがする。
僕はその春らしい様子を窓枠に肘をついて見ていた。
ヨルは、すっかり僕のことを恋人として見てくれなくなったようだが、彼女が悲しい顔をしなくなっただけいいと思うことにした。
「博士。」
ヨルは、最低限の話しかしてくれなくなった。
「うん?」
僕は、久しぶりに声をかけられたことに緩まる口元を隠しながら応えた。
「私、博士に言わなければいけないことがあります。」
そういって、ヨルは長い睫毛に縁取られた瞳を伏せた。
前よりも青が濃くなったその瞳のなかには、ところどころ星のような金色がまざっている。
「私は、近頃、今まで感じていたなにかがわからなくなってきています。それと同時に、新しい進化も遂げています。」
ヨルの台詞に僕は首をかしげた。
「つまり、その。みえるのです。魔法の動きが。空気に含まれる微細なその、魔法の雰囲気、というのが常に。」
僕は、青い目の実験動物を思い出した。
「そしてまた、人の瞳の柄がよく見えるようになりました。それは、単に柄、というよりも人柄といった方がいいかもしれません。悪人は、目に濁ったベールのようなものが見えますが、善人は、今まで見ていたよりもずっと澄んだ色に見えます。」
ヨルは続けた。
「魔法の動きが見えるようになってから私の感性そのものも変化しているように感じます。常に、魔法の雰囲気が、景色にまとわりつくことにより、視覚は、私の心を豊かにするものではなく、情報としての役割の方が大きくなっています。また、視覚の情報処理機能が高まったせいか、近頃、匂いがわからないのです。草花の匂いも嗅ごう、と思わなければなんとも思えません。」
ヨルは、無表情だった。
表情と反対に口から溢れるたくさんの言葉を聞きながら僕は、ヨルの口を塞ぎたくなった。
「私は、いつまで人でいられるでしょうか。」
最後の一言に急に不安気に顔を曇らせヨルは僕から離れた。
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