第184話
ユミルは花屋で花束を一つ買った。
その足で彼女は城へと足を伸ばした。
橋を渡り、階段を登る。
その先には、何もない広場がポッカリとあった。
広場を囲うように、柱の基礎が転々と並んでいる。
白亜の大理石が敷き詰められていた。
城の跡地。
一年前にはここには確かに城があった。
しかし、あの日。巨大に光に包まれ、突如として城が消え去った。
市民は神の御業だの、天罰だのともっぱら囃立てるが、実際のところはエルフの秘術が行使されたのだが。
ロドリックが言うには、エルフの秘術の中に自分の命を犠牲にして、術者の周囲一体を消しとばす術が存在するのだそうだ。
村長はそれを行使して、城ごとドミティウスとジャックとともに消し飛んだ。
そんなことはつゆと知らない市民たちは、何人も祈りを捧げていたと言うのだから、無知とは全く素晴らしいものだ。
献花台に花束を置いて、ユミルは静かに目を閉じる。
祈る神もいなければ、宗教に片足を突っ込んだ覚えもない。
だから、彼女は自分なりの方法で、ジャックの私を悼むことにした。
「久しぶりだな。ユミル」
男の声が聞こえた。
振り向くと、そこにはエドワードとコビン、それにカーリアの姿があった。
彼らは手に花束をそれぞれに持っている。
どうやら、ユミルと目的は同じらしい。
「ええ。久しぶりね」
頬を歪めながら、ユミルが言った。
「一年ぶり、ぐらいか」
「そうね。そのくらいかしら。後ろの二人も、久しぶりね」
コビンとカーリアは、会釈を返してきた。
「髪、のびましたね」
コビンが言う。
「ああ。そうね」
以前はうなじのあたりで切りそろえていたが、今は背中の中程まで、ユミルの神は伸びていた。
「そろそろ切らないとならないんだけど、気分が乗らなくてね」
「そうですか……」
コビンのその言葉を最後に、彼らの間から言葉が消えた。
互いにかけるべき言葉が見つからない。
「その、なんだ。お前もあいつを供養しにきたのか?」
間を取り成すように、エドワードが言う。
「そんなものよ。貴方達も、そうなんでしょ?」
「ああ。まあな」
エドワードは頭を掻きながら苦笑を顔に浮かべる。
「どうぞ。私はもう終わったから」
「すまんな。なんだか、邪魔をしてしまったみたいで」
「邪魔なんて。ここは誰にとっても、供養のためにあるんでしょうから」
「……そうだな」
ユミルの脇を通って、エドワード達は献花台に花を供える。
それから、膝をついて、黙祷を始めた。
実に数分の間。
彼らはじっと、目を閉じ俯いていた。
それが終わると、エドワードが前を向いたまま、口を動かした。
「ここで死んでいった兵士たちは、俺たちの同僚だった」
何でもないかのように、エドワードは言う。ユミルには、視線をやらずに。
「同じ釜の飯を食った奴もいたし、気に食わない奴もいた。コビンとカーリアの同僚もいたし、友人もいたかも知れん。戦時のために仕方がなかったかも知れんが、今でも救うことができたんじゃないかと、時々思っちまう」
「……そう」
「こんなことを考えたところで、仕方がないんだがな。……すまんな。こんな話を聞かせてしまって」
「別に、いいわよ」
「そうか」
エドワードは肩を落とすと、立ち上がりユミルに顔を向ける。
そして、彼女の足元にいる、エリスを見た。
「エリスも、久しぶりだな」
そう言って、エドワードは何気なく手を伸ばした。
エリスの頭を撫でるためだ。
だが、彼の手が頭に触れる前に、エリスはユミルの背後に隠れてしまう。
「……ユミルさん、この人誰?」
エリスの口にした言葉を、エドワードは理解ができなかった。
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