第183話
なぜ、サーシャがユミルを避けるような真似をしたのか。
その理由について、ユミルには思い当たることがあった。
というのも、ユミルがエルフの村に移る前。
彼女はサーシャの元にあることを尋ねに行ったことがあった。
ジャックの義手に仕込んだもの。
彼が内々にサーシャに頼んだこと。
それを知るためである。
無論サーシャも隠し立てするつもりもなかったから、余さずユミルに伝えた。
彼の義手に仕込まれていたのは、魔鉱石であること。
その魔鉱石が吸い上げた魔力を、自分の体に流すようにしろ。と言うことを内々に頼まれたこと。
てっきりサーシャはユミルに教えていただろうと思っていたらしく、彼女自身ユミルの反応には驚いたものだった。
ユミルは愕然とした。
「そんなこと、あの人は一言だって……」
「心配をかけたくはなかったんじゃないですか。あの人は、その時には死ぬ覚悟を決めていたみたいですから」
素っ気なく、サーシャは言う。
「あまり深く考えない方がいいですよ。私は二、三回しか付き合いですけど、あの人は口が達者な方じゃないですし、自分をひけらかすような人でもないですから」
サーシャはそう言うが、ユミルの気の落ちようは、その一言では治りそうになかった。
今思えば、あの時の彼女の態度に、それなりに責任を感じているのかもしれない。
だから、どこか気まずそうにしていたのかも。
あとで一言、言っておいた方がいいかもしれない。
そう思っていると、彼女たちはエマのアパートにやってきた。
ベッド。本棚。タンスに化粧机。
新調された調度品が、部屋に置かれている。
心地のいい風に乗って、外から人々の声と物音が聞こえてくる。
何気なく外を見れば、アパートのすぐ目の前で、工事に当たっている人間たちが見えた。
「まだまだ、復興の途中です。無事な建物は、数えるほどしかありませんから」
「そう」
改めて見る帝都の姿。
その姿は、あの日あの時のままだ。
だが、人々の生き生きとした表情を見れば、悪夢は晴れたのだと実感する。
「ここからご案内してもいいのですが、お二人で見に行った方がいいでしょう」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
エリスの手をしっかりと握り、ユミルは部屋を出る。
「お帰りの際は、こちらにきてくださいね。私は、ここで待っていますから」
「迷惑をかけるわね」
「気にしないでください。これは貴女や……ジャックさんに、お世話になったお礼なんですから」
エマは言葉を詰まらせる。
ユミルのことを、少し気にかけたようだった。
「そんなに気を使わなくていいわ。私は、大丈夫だから」
「……すみません」
「謝らないでよ。それじゃ、行ってくるわね」
ユミルはひらひらと手を振って、エリスと共に部屋を出た。
「……大丈夫、じゃないわよね」
エマがポツリと言う。
ユミルがエマに背中を向けた一瞬。彼女の顔に深い悲しみが浮かんだのを、エマは見逃さなかった。
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