第182話

 帝都の復興。

 誰しもが明日の姿を夢見て、日夜作業に励む中。

 その熱から一歩引いたところに、ユミルとエリスがいた。


 あの日以来。

 ドミティウスを二人は帝都を離れ、ロドリックの村で生活を送っている。

 

 エリスの体調は月日を追うごとに回復していった。

 初めの頃は意識が戻らないのではないかと心配していたが、それは杞憂に終わった。

 

 数週間も静養をすれば、彼女もすっかり元気になっていた。


 その頃からだろう。

 ユミルの頭に帝都のことがちらつき始めたのは。


 ……そろそろ行かなければならないか。

 決心するまでに、一年と少しかかってしまった。


 エリスの看病があったために、行きたくても行けなかったのだからしょうがない。


 とはユミル自身、言い聞かせていたことだったが、実際のところはそれを傘に着て、ぐずぐずと帝都を頭の中から追い出していたに過ぎない。


 だが、いざエリスが自分の手から離れてしまうと、そうも言ってられない。


 気は、進まなかった。

 だが、ジャックの墓参りもかねて、今度ばかりは行くことにした。


 ロドリックとエマに協力してもらい、大学を経由して帝都に向かうことなった

 数日分の着替えを持って、大学へと向かう。


 帝都に泊まれるような場所はない。

 そのため、その間の寝泊りは大学の寮を使うことになっている。

 手配自体はロドリックとエマがやってくれていた。


 あとで何かを差し入れしてあげないと。

 ユミルはそう思いながら、荷物を持って寮へと向かう。


 エリスとアリッサが使うはずだった部屋。

 ユミルたちにあてがわれたのは、その部屋だった。

 一年前のまま、その部屋の荷物は動かされた形跡はない。


 テーブルの上に乗せられた参考資料。

 手鏡に、めくられた毛布。

 エリスがさらわれる直前のままだ。


 床に荷物を置いて、ユミルは部屋を出た。

 それからエマの待つ生徒会室へと向かった。


「お久しぶりです」


 生徒会室の前に、彼女は立っていた。

 

「久しぶり」


 エマと握手をしつつ、ユミルが言う。


「お父さん、頑張っている見たいね。ロドリックが自慢していたわ」


「ええ。なんだか、張り切っているみたいです。本人は平然としたフリをしてますけどね」


 エマがくすりと笑った。


「立ち話はなんですし、早速行きましょうか」


「ええ。お願いするわ」


 エマはうなずき、ユミルたちを生徒会室へと案内する。

 

「あ……」

 

 廊下の奥から女の声が聞こえてきた。

 ユミルが声のした方を向くと、そこに見慣れた顔が立っていた。


 サーシャだ。

 大事そうに資料の山を抱えて、その場に立ち尽くしている。


 彼女は気まずそうユミルに視線を送ると、会釈をしてきた道を引き返して行った。


「どうかしましたか?」


 エマが不思議そうに尋ねてきた。


「ううん。なんでもないわ。早くいきましょう」


 ユミルはそう言うと、エリスの手をしっかりと握って、生徒会室へ入る。


「そうですか、ならついてきてください」


 金獅子にプレートを差し込み、通路を開く。

 エマを先頭に三人は薄暗い通路を進んでいった。

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