十六章

第180話

 ドミティウスという悪夢から、一年。

 帝国は復興の一歩をようやく進み始めていた。


 司法機関の再建。議会の再建。建物の再建。市民への支援の供給……。


 アーサーとエドワードが指揮を執り、復興作業が推し進められていく。

 遅々とした復興である。

 しかし、その作業に関わる市民も兵士も、生き生きとした表情を見せていた。


 汗をにじませ、息を乱し。

 残骸を一つ一つ運んでは、建物の新たな基礎を作り上げていく。


 指令本部。

 名前こそ立派だが、実際は数棟の天幕の集合体である。

 見た目こそみすぼらしいが、士気は高い。

 アーサーとエドワード、他生き残った士官たちがそこに集い、兵士や市民たちに的確な命令を飛ばしていく。


「大佐、陛下がお呼びです」


 天幕の外から兵士がやってきた。


「ああ、すぐに行くと伝えてくれ」


「はっ」


 兵士は敬礼をすると、すぐさま天幕を出て行った。


「行ってくる。後は任せたぞ」


「ええ。お任せください」


 エドワードは胸を張りながら、敬礼をした。

 それを見て、アーサーは満足そうにうなずいた。


 彼は天幕を出た後、通りを進み、広場へとやってきた。

 ひび割れた噴水。

 瓦礫だらけの大通り。

 そこを行き交う、作業に勤しむもの達。


 彼らからの挨拶を受けながら、アーサーは細い路地に入る。

 薄暗い路地。

 血痕が壁にこびりついている。

 布切れが、風に揺られてはためいていた。


 路地の先にあったのは、墓地だ。

 悪夢の犠牲者たち。

 その一人一人の名前を刻んだ墓が、ずらりと並んでいる。


 もともとここには家事職人たちの職場があった。

 煙が一日中空に上がり、金床と金槌の音が常に響いていた。

 一年前には、ドワーフの汗と鉄の匂いが漂っていた。


 だが、その名残はもはやない。

 白亜の尖塔が空に伸び、その周囲を囲うように墓が並んでいる。


 一つの墓の前に、男が立っていた。

 男は車椅子に乗っていた。

 傍らには女性が立っている。


「お待たせいたしました」


 アーサーが声をかける。

 男はゆっくりと、顔を向けた。


 ガブリエルだった。

 傍らに立っていたのは、彼の娘、エマである。


「よく、ここだと分かったな」


「陛下は大方、ここにおられますからな」


「その陛下と呼ぶのをやめてくれないか。私は、ただの代理皇帝なのだから」


 ガブリエルは言う。

 代理。亡き皇帝の子息が大人になるまでの間、皇帝の代理としてガブリエルは国家の運営に携わることとなった。


 推挙したのは、外でもないアーサーであった。

 彼の提案は議会に承認され、限定的ながらガブリエルは皇帝の座につくこととなった。


「陛下は、陛下です。あなたが現在、皇帝であることに変わりはない。たとえ、代理であっても」


「そうか。……まあ、私の体では、そう長くやることはできないだろうがな」


 ガブリエルは空を見上げた。

 どこまでも続く青空。

 そこを白雲がゆったりと流れていく。


 教会の鐘が聞こえてきた。

 今日も弔いのために、あの鐘の音は空に消えていくのだ。


「私に、何かご用でもあったのですか?」


「ああ、そうだった。お前の、兄君についてだ」


 アーサーの顔に、サッと緊張が張り詰める。


「ロイは、死にましたよ。ドミティウスと共にね」


「誤魔化さなくともよい。ここには、私と娘しかおらん」


「……ご配慮、感謝いたします」


 アーサーは、頭を下げた。


「実の兄弟ではあるが、彼は犯してはならぬことをした。だからこそ、汚名を喜んで受け入れ、その上で君の殺されようとした」


 アーサーは空を見上げていた。

 独り言を呟くように、言葉を続けた。


「しかし、彼の国への思いは、私も理解できなくはない。戦争のない平和な国。だが、いつの間にか、私たちは平和という毒に侵されていたのやもしれない。だからこそ、ドミティウスという外敵の襲撃に対して、対抗できなかったのかもしれない。


「陛下、そのようなことは……」


「ああ。ない。どういう理由があろうと、平和を乱すことを奨励することはできん。戦争など、知らん方がいい。平和のみを信じ、ただそれを守るために戦えばいい。無駄な血は、この国にはいらんし、過去の帝国の復権を許すことはできん」


 ガブリエルは、アーサーを見た。


「私が生きているうちに、どれほどのことができるかはわからん。だが、少なくとも同じテツは二度と踏まないつもりだ。それだけは、約束できよう」


「……そうですな」


「おっと話が逸れてしまったな」


 ガブリエルは頬を緩め、体をロイに向ける。


「君の兄君が呼んでいる。会いに行ってやりなさい」

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