第177話

 爆発。轟音。

 振動が建物自体を揺らし、壁という壁にヒビが入っていく。

 

 崩壊寸前の建物。

 天井から降り落ちる破片とホコリをかぶりながら、ロドリックは廊下を走っていた。


 廊下のあちこちには兵士の死体が転がっている。

 黒々とした血液が壁や絨毯に飛び散っている。


 死体を避け、血溜まりを踏み越えながらロドリックは謁見の間へと足を踏み入れた。


「よぉ、ロドリック。遅かったじゃねぇか」


 村長が何の気なしに言う。


「村長、その体……」


 傷を負った村長の姿に、ロドリックは唖然とした。


「ああ、ちょっと手ひどくやられちまった」


「手ひどくなんてものじゃないでしょ。今すぐ、治療をしないと」


「止血はしてあるし、傷口もふさいである。心配はいらねぇよ」


「でも……」


「それより、お前も早くここを出ろ。もう時期、ここは崩れそうだ」


「だったら、村長も一緒にいきましょう。みんな、村長を待ってます」


「俺は行かねぇ。まだやることが残ってる」


「やること?」


「こいつをあの世に連れていかねぇとならねぇ。そういう約束をしたんだ。そのために、俺はこの戦いに出ることを決めた」


 村長の尻に敷かれているもの。

 それは、ユミルが死んだと言っていた。ジャック・ローウェンだった。


「言っておくが、こいつはジャック・ローウェンじゃねぇよ。姿形はそうだが、中身はドミティウスが入ってる」


「どういうことです?」


「こいつの義手に仕込まれた魔鉱石で、ドミティウスの魔力をそっくり吸い取っちまったんだろうよ。それで、あのエルフの嬢ちゃんから、無理やり奴を自分の体内に移動させた」


 村長は、床に落ちた義手を拾い上げて、仕掛けらた魔鉱石を見せた。


「こいつもなかなか考えたもんさ。最後の最後、自分の命と引き換えに、エルフの娘を救いやがった」


 ジャック、いやこの場合はドミティウスと呼ぶべきであろう。

 ドミティウスは恨みがましく、村長とロドリックを睨みつけた。


「おかげで俺は、息子の仇と同胞の仇を両方取れる。こんな機会は滅多にねぇ」


「だったら、すぐに殺せばいいじゃないですか。何も、村長まで道連れにならなくたって……」


「馬鹿野郎。お前は何にも分かっちゃいねぇんだ」


 皮肉に頬を歪め、村長はロドリックを見る。


「ここが俺の死場所なんだ。この時こそ、俺が最後を迎えるにふさわしい時なんだ。これを逃しせば、俺は生きる廃人として、残りの命をまっとうするしかない」


「そんなこと……」


「ない、なんて言うのは、所詮は他人だからだよ。ロドリック」


 村長の眼光が鋭くなった。

 それは明らかに、ロドリックに怒りを覚えているようだった。


「この時を、俺はずっと待っていた。あの戦争が終わってから、俺はずっと死場所を求め続けてきた。それが、ようやく今日この日にやってきたんだ。お前にはわかるまいさ。分からなくていいんだ。これは、全部俺のわがままなんだからな」


 眼光がふっと柔らかくなる。

 彼は笑みを浮かべた。

 柔らかな笑みを、晴々とした笑みを、その顔に作った。


「俺はこのクソ皇帝と一緒に地獄に行く。お前は村に戻れ。俺の代わりに村を治めろ」


「……私には、荷が重すぎます」


「たかだか一個の村の長さ。肩肘張らなくたっていい。俺より頭がいいし、村人からの信頼も厚い。お前以外に適任のやつはいない。自信を持てよ、若造」


「ですが……」


 「うるせぇ。でもも、ですがもいらねぇんだよ。ロドリック。お前はただ胸を張って『わかりました』って言ってりゃいいんだ。わかったか」


「……」


「わかったかって聞いてんだ。早く答えろ」 


 返す言葉が見つからず沈黙するロドリックに、催促するようにロドリックが声をかける。


「……わかりました」


「そうだ。最初からそう言ってりゃいい」


 村長は満足したらしく、何度か頷いて見せる。


「……貴方の頑固さは今に始まったことではない。私が何を言おうと首を縦にふることはないんでしょうね」


「よく分かってるじゃねぇか」


 けらけらと、村長は笑った。


「……どうか、お元気で」


 ロドリックは深く頭を下げる。

 精一杯の敬意を込めて。これまでの感謝を込めて。


「……よせや、気色悪い。んなことしてねぇで、早く行け」


「はい」


 ロドリックは顔を上げた。

 うっすらと、その目には涙が浮かんでいる。

 

 涙が垂れないうちに、ロドリックは村長に背中を向けた。

 足早に遠ざかっていくロドリックの背中を、村長は静かに見つめていた。


「全く。これから死ぬって奴に、元気もくそもねぇってのになぁ。馬鹿な奴だ」


 ロドリックが消え、再び静けさを取り戻した謁見の間に、村長の独り言が寂しく響いた。

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