第176話

「生きている奴は、どれくらいだ」


 ゴブリンの胸を剣で貫きながら、エドワードは仲間たちに顔を向けた。


「だいたい、半分と言ったところだ。こちらも、手ひどくやられた」


 ロドリックが言う。

 帝都の道道にはいくつもの死体が転がっている。

 エルフ、兵士、狩人、冒険者、ゴブリン、オーク……。


 血が石畳に沿って広がり、あたりから血の匂いが立ち込めている。

 死臭に誘われて、ハエがあたりを飛び回る。

 エドワードはそれ払い、剣について血を払った。


「だが、犠牲の甲斐はあった」


 ロドリックは、視線を帝都の入り口。正門の方へと向けた。


 そこにはいくつもの背中かがあった。

 この帝都を占拠していた、魔物の姿である。

 肌の違う、背丈の違ういくつもの背中が、門を潜り外へと駆けていく。


 遁走。逃走。

 持ち場を捨てて自分の命可愛さに、彼らは帝都を後にしようとしているのだ。


 長きにわたる戦闘。

 その終わりは、彼らの戦意喪失によって訪れた。


 ぽきりと折れた戦意は、彼らを逃走に駆り立てる。

 足並みを乱して、他を押し除けて、彼らは散り散りに逃げて行く。


 兵士とエルフは、高らかに勝利の雄叫びを上げた。

 雄々しく、大気を震わせる。


「残っている魔物たちがいれば、殺していけ。投降した兵士は、一箇所に集めて縄で縛っておけ。まだまだ仕事は残っているんだ。気を抜くんじゃないぞ」


 エドワードは言う。

 先遣隊は返事をし、顔をひきしめる。

 そして、帝都のあちこちに、数人一組になって散らばって行った。


「私たちも手伝おうか?」


 ロドリックが言う。


「いや、貴方達は休んでくれて構わない。ここからは、私たちだけでも、なんとかなるはずだ」


「そうか……」


 ロドリックは微笑んだ。

 その顔は疲労がにじんていたが、肩の荷が降りたからか、晴れやかな微笑だった。


「団長、あれ」


 兵士がエドワードを呼ぶ。

 目を向けると、兵士が遠くを指差している。

 その先には、帝都の城と帝都と城を繋ぐ橋があった。


 誰かが、城から帝都へやってくる。

 それは、ユミルだった。

 負傷したエルフたちと共にゆっくりと彼らが橋を渡ってくる。


 エドワードとロドリックはすぐに彼らのもとへ駆け寄った。


「……無事だったのか」


 ユミルの背中には、エリスがいた。

 まぶたが降りて、すやすやと寝息を立てている。


「目的は、達せられたようだな」


「ええ。早くここを去りましょう。もう、ここにいる理由はないわ」


「ドミティウスはどうなった。打ち倒したのか」


「そうよ」


 ユミルはなんでもないことのように返事を返した。

 喜ばしいことには違いない。

 しかし、ユミルの素っ気ない態度が、なんとなく気にかかった。


「何か、あったのか?

 

 ユミルは答えなかった。

 エドワードの横を通って、歩いて行こうとする。

 彼女の手を、エドワードは掴んだ。


「ジャックはどうした。一緒だったはずだろう」


 エドワードの言葉に、ユミルの顔に緊張が張り詰める。

 口を固く結んではいたが、よく見ればかすかに震えていた。


「……ジャックは、死んだわ」


 ようやくユミルが口に出した言葉は、エドワードの耳に浸透し、そして衝撃を与えた。


「本当か……?」


「嘘をついてどうするの。あの人が生き返ってくれるの? あの人がまた私の前に現れてくれるの?」


 ユミルは涙の浮かんだ目で、エドワードを睨む。


「……そろそろ離して頂戴」


 エドワードの手を振り払い、ユミルは通りを進んでいく。

 遠ざかっていく彼女の背中を、エドワードはただ見送っていた。


「村長はどうした。お前たちと一緒じゃなかったのか?」


 ロドリックはエルフたちに声をかける。

 

「城の中です。お一人だけで、そこに残られたんです」


「何?」 


 ロドリックはすぐに城へ向かって駆け出した。


 エドワードが止めようと呼びかけたが、その刹那。

 彼らの足元を、凄まじい振動が襲った。

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