第175話
ユミルとエルフたちが、謁見の間を出て行った。
静かにだ。
物音一つ聞こえない。
さっきまで殺し合っていたとは、とてもじゃないが、思えなかった。
村長はドミティウスの背中に腰掛け、ふぅと息をつく。
「こんなことでテメェの首を取ることができるようになるとは、思っても見なかった」
村長は言う。
ポケットから紙に巻いた煙草を取り出すと、口に加え杖で火をつけた。
「あの頃はテメェの首が欲しくてたまらなかったが、不思議なことに今はそんな気分はしねぇんだ。不思議なもんでな、気持ちは晴々としているんだ」
村長はドミティウスの顔をちらりと見る。
ドミティウスは未だ忌々しげに睨み続けていた。
別段怖がってやる必要もない。
村長は杖を置き、ドミティウスの頭に突き刺さった矢を掴むと、慢心の力を込めてぐっと押し込む。
肉をえぐりの脳髄を貫いていく矢に従って、ドミティウスの表情も苦痛に歪む。
「何か言いてぇことがあるんなら、言っていいんだぞ。せっかくだから、聞いてやろうじゃねぇか」
本心からドミティウスの話を聞きたいと言うわけではない。
ただの意味のない軽口だ。
無論、ドミティウスを挑発する意味合いも込めている。
ドミティウスは痛みと屈辱とに苛まれ、さらに視線を鋭くして村長を睨む。
「なんだ、口がきけねぇのか。そりゃ、残念だな」
村長は矢から手を離し、杖を拾い上げる。
「あの返し技を知っているんだ。俺たちの秘術は一通り学んできたんだろ、お前」
村長は杖の先を己の心臓へ向ける。
「なら、今から俺が何をしようとしているのか。お前だったらわかるはずだ」
ドミティウスの目に、狼狽が浮かんだ。
「あの世への旅路をテメェと一緒にってのは癪だが、過去の遺物同士、仲良く逝こうや」
村長は言う。
そして頬を歪めた。
村長が何を企て、何をこれから成そうとするのか。
それが分からないドミティウスではない。
エルフ達から魔導書を奪い、長い年月をかけて読み込み、秘術をものにしてきた。
だからこそその危険性も威力も重々承知していたのだ。
ドミティウスは身をよじった。
村長を止めようと、今しばらく生へ執着しようと。
だが、彼の抵抗は村長の体重のみで封じ込められた。
両手両足もない中で、胴体だけで何ができようか。
それを村長は分かっていた。
頬を歪ませ、必死に蠢くドミティウスを、嘲笑っていた。
「いいぞ。お前のそんな顔が見れるなんて、長い間生きてみるものだ」
けらけらと村長は笑った。
「お前が本来の体じゃねぇことが残念でならないが、まあ、仇の体ってことに違いはねぇんだ。文句は言わないさ」
ドミティウスの髪を鷲掴み、無理やりにのけぞらせる。
「絶対に逃がさねぇ。今度こそ、俺の手で、テメェの息の根を止めてやる」
村長の顔には、笑みはなかった。
血に濡れた顔には、ただ黒い黒い殺意ばかりが張り付いていた。
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