第155話
帝都城内、謁見の間。
そこにドミティウスにと、反逆者として捕縛された貴族、議員がにらみ合っていた。
「諸君らは、今も私に尽くすつもりはないのか」
ドミティウスは言う。
玉座に腰を下ろし、跪いた貴族と議員たちに問いかける。
しかし、答えは帰ってこない。
誰もがドミティウスから目をそらし、そしらぬフリを決め込んでいる。
「誰が貴様なぞに尽くすものか」
一人の貴族が言う。
まるで独り言を呟くかのような、小さな声で吐かれた言葉だ。
だが、ドミティウスの耳は聞き逃さなかった。
「バルグワー卿。進言したいのであれば、私の前にくることを許そう」
びくりと片眉を上げてバルグワーはドミティウスを見た。
フィリップ・レゾナ・バルグワー。
先代皇帝の
纏うものは浅黒い着布を黄土色の腰帯で止め、深い朱色の外套を纏っている。
頭は白髪で頭頂部は禿げ上がっているが、その黄金色の双眸は今も爛々と輝いている。
バルグワーの両脇を兵士が挟む。
彼を無理やりに立ち上がらせ、バルグワーをドミティウスの前に連れて行く。
「さあ、聞かせてくれ。お前の意見と言うものを」
「……では、言わせてもらいましょう」
バルグワーはドミティウスの顔を睨みつける。
「私は、貴女のことを皇帝などと認めてなどいない。何の罪もない民たちを虐げ、挙句、貴方が連れて来た魔物どもの喰い物にさせている。そのような悪逆を行うものを、皇帝と呼ぶことなど、私にはできない」
思いの丈を冷静に、しかし熱を帯びた言葉でドミティウスに浴びせかけていく。
「恐怖とドミティウス公の名前で家臣団を押さえつけているようですが、それもいつまでも持ちますまい。過度な圧力は反発を招き、いずれは貴女を襲うことでしょう」
「ほう。私が偽名を使っていると」
「ドミティウス公は黒髪黒目の人間です。しかし貴女はエルフ族の娘だ。そこにいるコンラッド卿がドミティウス公のことを仕込んだのでしょうが、貴女がドミティウス公ではないことは確かだ」
ちらりとバルグワーはロイ・コンラッドを見た。
ロイは目を閉じている。
我関せずという態度を貫いていた。
「それに、たとえドミティウス閣下であったとしても、あの方の思想はあまりに現代とかけ離れている。帝国一強、亜人をしい従える時代はとうの昔に終わったのです」
ロイから目を切って、バルグワーを再びドミティウスを見つめた。
「亜人種たちと協定を結び、交易を行い物資を交換したことで、帝都はさらに繁栄しました。それを、貴女は全てぶち壊したのです! 貴女にはその自覚があるのですか!」
体を震わせ、怒りのままにバルグワーは叫ぶ。
これまでに溜まっていた鬱憤を、全てドミティウスにぶつけた。
しかし、ドミティスの態度は変わらなかった。
うすら笑みを浮かべて、じっとバルグワーを見つめている。
「……ここは帝国。人間族の統治する国であることに変わりありません。それを、どこの馬の骨とも知らぬエルフの娘に任せるなどできるはずもない」
ため息と共にバルグワーは言う。
もはやこの娘に何を言おうと、変わらない。
そんな諦めにも似た思いが、バルグワーの頭を支配していた。
「君らがこの帝国を、さらに繁栄さ背てくれたことに。私からは感謝しかないよ」
ドミティウスは立ち上がり、バルグワーに近く。
そして、バルグワーの首を片手で掴み、締め上げる。
バルグワーが苦しげに顔を歪める中、ドミティウスは顔を近づける。
「だが、異種族に迎合する必要ないだろう? 奴らは牛や豚と同じだ。我ら人間に食われ、使われるためにある。交易などせずに全てを奪ってしまえば良いのだよ」
息ができない。
バルグワーはドミティウスの腕を引っ掻くが、彼女の腕は全く離れてくれない。
「帝都の基礎を築き上げるために、この地を獲得するまでに、一体どれほどの月日がかかったと思っている。それを知ってなお、奴らをのさばらせることを許すのであれば、貴様は奴らと同じ害獣だ」
ドミティウスは力を緩めることなく、執拗に締め上げる。
泡をふき、バルグワーの意識はすでに朦朧としていた。
鈍い音がバルグワーの首から聞こえた。
バルグワーの手足はだらりとぶら下がり。首が横に倒れる。
ドミティウスはバルグワーを雑に放り投げる。
床に強かに頭を打ち付け、微かに血が広がって行く。
バルグワーは、それっきり動くことはなかった。
「他に進言したい者はいるか。今ならば私が直々に聞いてやろう」
静まり返る謁見の間に、ドミティウスの声が響く。
貴族と議員たちは、死体となったバルグワーを見て、ただ彼の身に起きたことに対して、恐れおののくばかりであった。
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