第154話

 時間は数時間遡る。

 ジャックが仮眠をとっていた時の事だ。


 警鐘の音が喧しく響き渡った。


 毛布をひっぺがし、窓から外を見る。

 村中のエルフたちが、慌ただしく駆け回っている。

 そのうちの一人が、ジャックの言える家に向かって走ってきた。

 勢いよくドアが開かれる。


「敵が来ます!」


「敵? 帝国が攻めてきたのか?」


 エルフは何度もうなずいた。

 

「……村長はどこだ」


「家にいます。お急ぎを。いまにも兵士団がやってきます」


 そう言うと、エルフは走り去っていった。

 ジャックは装備一式を身につけ、村長の家へ向かった。


 村長の家には、すでにエルフと先遣隊の面々が揃っていた。

 人混みの間を抜けて、家の前に出る。

 ドアを開けると、中にはエドワードと村長。それにユミルがいた。


「どう言う事だ」


「どうもこうもない。帝国の連中がまたきやがった。見張りにいかせていた斥候からの連絡だ。夜のうちに、ここに攻め入ってくるつもりだろう」


 村長が言う。


「だから、連中がここへ来る前に、移動を始めようと思うんだ」


 エドワードが言う。


「移動だと?」


「先遣隊とお前たちは、村人半分を連れて大学に迎え。残り半分は、ロドリックと俺が移動させる」


「ヴィリアーズ公はどうする」


「彼は、コビン君とエマ君たちが運んでくれる」


 外からロドリックが入ってきた。


「手術は成功した。コビン君に経過を見てもらいながら、大丈夫だ。しばらくは眠ったままかもしれんが、ひとまずは山場を越えたよ」


「これで殺さずに済んだわけか」


 村長が頬を歪めた。


「まあいい。とにかく急いでここを離れろ。明朝に攻撃を開始する」


「急ぎすぎじゃないか。まだヴィリアーズ公の意識も戻っていないのに」


 エドワードが言う。


「今更遅いも早いもねぇだろう。こっちは今日明日にでも殺されるかもしれねぇんだ。悠長に構えていたところで、得することなんて何一つねぇだろ」


「それもそうだが……」


「テメェと議論する暇はねぇんだ、団長殿。……村人を送り届けたら、俺たちは帝都に向かう。帝都に着いたら、エルフたちに暴れさせ、俺は城に向かう。そこで合流しよう。ロドリック。テメェはそこの団長さんと一緒に行け」


「わかってますよ」


 ロドリックは肩を竦める。

 村長の目は、ロドリックからジャックに移る。


「念願の時は近いぞ」


「……そうだな」


 ジャックと村長の視線が交錯する。

 言葉の裏に秘められた想い。

 それを知るのはジャックと村長だけである。


「さあ、もう行け。時間はあまりねぇんだ」


 村長はひらひらと手を振って、家の中にいた面々を追い出しにかかる。


「道を開いてくれ。大学に向かう」


 エドワードが言う。

 いまだに納得はしていない様子だが、ここを避難しなければならないことは理解していた。


 ロドリックはうなずく。

 ドアにプレートを差し込み、通路を開いた。

 そこへ村人たちがなだれ込んでいく。


 皆の顔は恐れのために引きつっている。

 だが、それと同時に一種の覚悟を秘めていた。

 その顔はかつての戦時に見せた、決死の顔だ。

 恐怖とないまぜになりながらも、彼らはついに戦の覚悟を決めていたようだ。


「何をしている。行くぞ」


 エドワードが言う。

 ジャックは止めていた足を動かして、村人と共に通路を進む。


 決死の覚悟。

 村人の半分、兵士の半分。もしくは、それ以上。

 ここにいる面々は犠牲になるだろう。


 犠牲のない戦などなく、犠牲なくして叶えられる理想もない。


 死は必然のものである。

 自分が納得して死ぬか。

 運命の悪戯で死ぬか。


 自分が迎えるのは、果たしてどちらになるか。

 ジャックはぼんやりと思う。 


 ただ、ろくな死に方はしないだろうとは、予感した。

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