第153話

 夜。

 闇に紛れて、兵士とゴブリンが森を進んでいる。

 その数、前回と比較にならず。

 数倍、数十倍の規模の軍勢であった。

 ぞろぞろと草木を踏みつぶし、彼らは村を囲った。


 軍団長が手を掲げる。

 兵士たちは弓矢を構える。

 軍団長の手が下がったと同時、いくつもの弓矢が、夜空へと放たれた。


 やじりには炎がともされている。

 赤い日が黒の中に浮かび、そして緩やかに落ちてくる。

 落下地点にはエルフの村があった。

 

 火は家々に降り注ぐ。

 村は次第に炎に包まれる。

 ゴブリンたちはせせら笑った。

 兵士たちも、皮肉げに頬を歪めた。


 様子がおかしいと気がついたのは、それからすぐの事だ。

 静かすぎる。

 村からは悲鳴も、うめく声も、飛び出してくる人影もない。

 ただ家々が燃え朽ちて、土埃と共に崩れていくだけである。


 家々が焼け落ち、崩れ、黒ずみ、焦げ臭い匂いがあたりに漂う。

 だが、村には死体がなかった。

 焼け落ちた廃墟があるばかりで、エルフの死体も、人間の死体も、どこにもなかった。


 どういう事だ。

 軍団長は思った。

 それは兵士も、ゴブリンも同じだった。


 静まりかえった村の跡に、困惑が広がっていく。

 忽然と消えたエルフたち。

 彼らの行方は、兵士たちにもわからない。


 そんな彼らを、遠くの木々の上から眺めるエルフが、一人。

 

「ざまぁねぇな。間抜けども」


 くつくつと喉を鳴らしながら、村長は敵を見下ろしている。


「さて。準備に入るとするか」


 枝と枝とを飛び越えて、村長は暗闇の中を進んでいく。

 兵士たちが彼の存在に気づくことはない。

 そして、彼らが何をしでかそうと言うのかも、兵士たちが理解することはない。


 いや、理解はしただろう。

 だが、それは今ではなく、もう少し後のこと。

 帝都が、再びの戦果に包まれてからのことであった。

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