第147話
暗い廊下を足音を消すことなく、ガツガツと早足に進んで行く。
目的の半分は達成した。
そして、残り半分をこれから達成する。
二階の部屋を探っていきながら、他に生存者がいないなと、探していく。
兵士とかち合えば、直ちに殺した。
そいて、いくつかの部屋を見ていくと、二部屋を挟んだ先の部屋のドアが開いた。
瞼をこする兵士が一人、部屋の中から出てくる。
これから見回りに行くようで、鎧も剣、それにランタンを持っている。
足音を忍ばせて、兵士の背後に詰め寄る。
首に右手を絡ませ、ジャックの方へ引き寄せる。
ナイフを首筋に当てる。
声を出す隙を与えず、ジャックは一思いに切り裂いた。
腕に生暖かい血が触れる。
兵士の体から、力が抜ける。
音をたてないよう気を付けながら、重くなった兵士の遺体を、そっと廊下に横たえる。
それから、ジャックは兵士が出てきた部屋を見た。
そこは使用人たちが寝泊まりする部屋の様だ。
ベッドがいくつも並び、部屋の奥には暖炉がある。
灯された炎によってその周囲が照らし出されている。
部屋の至るところには、いくつもの酒瓶が転がっている。そのせいか、部屋の中は酒の臭いが漂っていた。それと、人間の汗と体液の臭いも。
ベッドの上には、男と女がいた。
女は組み敷かれ、男はその上に覆いかぶさっている。
荒い息づかいが、部屋のあちらこちらから聞こえてくる。
動物的本能。それゆえの行為。
詳しく言及することは控えよう。
いくらジャックといえども、この部屋の空気はいささか体に、そして心に後味の悪い思いしか与えてはくれなかったのだから。
男の背後にそっと近寄り、おもむろに剣を腹に突き刺す。
男の口からは空気が、貫かれた腹からは血が滴り落ちていく。
男の下には使用人らしき女がいた。
突然のことに、ただ呆然と血と唾液とを被ったまま硬直している。
「誰だ、きさ……」
一人の兵士が、慌ててジャックを見た。
その者こ首を撫で切る。
男に跨がられた女が、か細い悲鳴をあげた。
その悲鳴は警鐘となって部屋に響き、男達の視線がジャックに集まる。
大慌てに各々が武器を手に取っていく。
その様子は滑稽ではあるが、本人たちは皆必死である。
たとえ、待っているものが死のみであろうとも、彼らは必死に生にしがみつこうとした。
半裸の男めがけて、上段から斬りかかる。
男は必死で剣を受け止める。
ジャックは右足を軸にして回し蹴りを男の胴へ見舞う。
足が胴を捉え、くぐもった苦しげな吐息を男は漏らす。
タタラを踏みながらベッドに倒れゆく男をジャックは追う。
「や、やめ……」
男は慈悲を乞う。しかし、それがジャックに届くことはない。
伸ばされた手をジャックは切り落とし、男の鳩尾に剣の切っ先を埋める。
男の顔色がさっと白くなり、何か言葉を含んだ血がだらりと男の口から溢れていく。
「ひ。ひぃぃぃぃ……!」
仲間が殺されていく様に耐えかね、男が一人、全裸のまま一目散に部屋の外へでようとした。
その背中をジャックの投じたナイフが追いかける。短い風切り音。ナイフの刃は男の首に突き立った。
走りざまに生き絶えた男は、床を滑る様に倒れる。ピクリと跳ねたかと思えば、血だまりの中にただ寝そべる肉に変わった。
静まり返る部屋。
震える吐息が部屋を満たし、薪木の燃立つ音がやけに大きく響いた。
「……ここの使用人か」
男たちを見据えながら、ジャックは女の一人に声をかける。
「え、ええ……。そうです」
震える体をシーツで隠しながら、女の一人は答える。
長い黒髪が汗ばんだ浅黒い肌に張り付いている。
齢は30手前と言ったところだろうか。すっと通った鼻筋や二重のまぶた。
異国の民だろうか。帝国領では見かけない美人だ。
だが、恐怖によって顔は凍てつき、せっかくの小ぎれいな顔には大きな青あざと傷がつけられていた。
「助かりたければ、エマの部屋に行け。仲間が二人がそこで待っている。余裕があればガブリエルの治療を頼む」
「旦那様が……。あの方はご無事なのですか?」
「それは自分の目で確かめろ。いいから、行け」
「……分かりました」
女はぺこりとジャックに頭を垂れると、女たちに目配せをしてゆっくりと部屋を後にする。
すすり泣くいくつもの声がジャックの横を足早に通り抜けていく。
そして最後の一人が部屋を出ようとした時、ジャックが一言声をかける。
「扉は閉めていけ。声が漏れるといけない」
金髪の髪を少し揺らして、女はちらりとジャックの方を見る。
その女は部屋を出た後に、ドアを閉める。
その瞬間、ジャックの顔が笑っていたように見えた。
見ず知らずの命の恩人が、敵を見据えながら頬を緩めている。
楽しげなことが待っているかの様に、殺人そのものを楽しんでいるかの様に。ジャックの頬が、わずかばかりにつり上がっていた。
ドアを閉めた直後にわずかに響いてきたのは、あの男たちの悲鳴だ。
女たちを散々いたぶり、辱めてきた男たちが、まるで生娘の様に金切り声をあげている。
笑い声も上がらず、それで胸がすく様な気持ちにもならない。ただただジャックへの恐怖だけが女の心に浮かんでいた。
「何をしているの。ほら、行くわよ」
同僚の声にはたと我に帰った女は、ドアノブから手を離しそそくさとその場を後にする。
早く忘れよう。忘れてしまおう。
恩義を感じることはすれど、恐怖を感じるのは彼の方に失礼だと。女は思うことにした。
しかし、どうだろうか。女がいくら自分の体を抱きしめたても、震えが収まらなかった。
それが果たして男たちへの恐怖空なのか。
それともジャックに対する、言い知れない恐怖空なのか。
女はわからなかった、
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