第146話

「……なぜ、君らがここに」


 ガブリエルが言う。

 血まじりに唾を吐き出す。

 痛む腹部をさすりながら、彼はジャックたちに顔を向けた。

 

「あなたのご息女に協力してもらいました」


 カーリアが言う。


「そうか、エマが……。なるほど、そうか……」


 ガブリエルは笑みを浮かべる。

 しかし、すぐに表情は曇り、咳き込んでしまう。


「……は、ははは。どうやら私は、そう長くは持たないようだ」


 己の有様を見て、ガブリエルは力なく笑う。


「さぁ、行きましょう。お嬢様が待っています」


 もはや一刻の猶予もない。

 早くガブリエルを治療してやらねば。


「カーリア、ヴィリアーズ公を連れて先にもどれ」


 ジャックが言う。


「貴方はどうするの?」


「私はこのまま屋敷を制圧しながら、狩人と合流する。ユミルは、カーリアについていけ」


「一人で大丈夫?」


 ユミルが言う。


「子供じゃないんだ。引き際くらい自分でわかる。……ヴィリアーズ公を頼むぞ」


 ジャックは二人を置いて、部屋を出た。


「本当に大丈夫だろうか……」


 カーリアは、ジャックの消えた闇を、じっと見つめていた。


「あの人が大丈夫と言うんだから、大丈夫なんでしょう。それより、その人を運んであげないと。放っておいたら、死んじゃうわよ」


 

「……そうね」


 カーリアはガブリエルを背負うと、ユミルを連れて来た道を引き返していく。


 二階の廊下を進み、三階へと昇る。

 兵士の死体を横目にしながら、エマの部屋へと戻ってきた。


 ドアを静かに開けて、中に入る。

 ロドリックとコビンがさっと緊張する。

 それがジャック達だと気づけば、ホッと息をついて、杖を下ろした。


「お父様……!」


 エマが息を飲んだ。

 父のあまりの変わりように、動揺し、顔から血の気が引いていく。


「治療をしてあげて。手酷くやられていたの」


 カーリアは言う。

 ガブリエルの体を、エマのベッドに横たえさせる。

 すぐにコビンが彼の傍らに寄り添い、治療を施していく。


 打撲跡。

 内出血。

 骨折による腫れ。


 痛々しい傷をコビンの魔力光が優しく包み込む。

 癒しの緑光はガブリエルの傷を癒していく。


 カブリエルか時折うめき声をあげる。

 その度に、エマが心配そうに父の顔を覗いた。


「お願い。死なないで……」


 エマはガブリエルの側に膝まずき、心よりの祈りを捧げていた。


「何もなかったかしら?」

 

 ユミルが言う。


「ああ。ローウェンはどうした?」


 ロドリックが言う。


「狩人と合流するって言って別れたわ」


「大丈夫なのか?」


「さあ? そこまではわからないわ。まあ、無理はしないって言っていたから、大丈夫だと思うわ」


 ユミルは肩をすくめる。

 ドアのすぐ近くの壁に背中をもたれた。


「信頼しているのだな」


 ロドリックが言う。


「……信頼とは、少し違うかもしれないわね。でも、あの人は嘘は言わないからさ」


 ユミルはほほを歪めた。

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