第148話

「た、頼む。後生だ。助けてくれ」


 一体この短い間で、何度同じ言葉を聞いただろうか。


 たった數十分の間に吐かれる命乞いを別々の口から聞いては、その口を閉ざすために胸に剣を突き立て、首をはねる。


 あまりにうるさいようならば手足を切り落としてから舌を切り落とした。


 足元には男たちの亡骸が転がり、床という床には血だまりが出来上がり、肉片が転がっている。


 一歩足を動かせば、血が水滴を浮かべて跳ね上がり、波紋を浮かべながら血だまりへと舞い戻っていく。


 顔も含めジャックの衣服や鎧には返り血がこびりついている。


 伸ばされた手を掴み、ジャックはおもむろに男の手を引いて立たせる。


男はピクリと体を跳ねさせて怯えながらも、ジャックの手に導かれるように床から腰をあげる。


 男は恐る恐るジャックの顔を見る。

 ジャックの顔には無が貼り付いている。


 仮面のようだ。

 なんの感情も測れず、思考も読めない。

 命を助けてくれるのか、そうでないのか、何もわからない。


 男は恐怖により敏感になり、ジャックの一挙手一投足をつぶさに観察する。


 男の生死への答えは、すぐに提示された。

 ジャックは剣の切っ先をおもむろに男へと向ける。


 ゆっくりと男の鳩尾を貫いた。

 議論の余地もなく、ただ自分の身に死ばかりが目の前に迫っていると男は悟る。


 切っ先から逃れるために、男は身をよじる。

 だが、ジャックは男を離さなかった。

 離すつもりもなかった。


 痛みはすぐに男の体を走り、苦悶は男の顔を歪める。


「た…助け……」


 無駄だと分かっていても、男の口からは懇願の言葉が続く。

 突き入れられたジャックの剣は、ついに男を刺し貫き、切っ先が男の背中から顔を出した。


 男の口からは血が溢れ、震える唇の上をそっと伝っていく。


 ジャックはためらいもなくさらに男の体に剣を突き刺す。


 もはや男には抵抗する力も残っていない。

 目は濁り、どこともしれぬ遠くを見ているだけでジャックの姿を捉えてはいなかった。


 男の腕がだらりと垂れる。

 口はいまだにピクピクと動いてはいるが、言葉を紡ぐことはない。


 剣の柄をジャックは両手で握る。

 力を入れて上に持ち上げる


 剣は肉を裂き、骨を断ちながら男の首の横から、剣はついに男の肉体から解き放たれる。


 男の体は倒れ、顔を床に強かに打ち付ける。


 それ以上男は動くことはなかった。

 体から溢れでる血だけがその場を彩っていた。


 剣についた血をシーツでぬぐいとる。

 シーツをその男の上に投げ捨てる。


 シーツがふわりと宙で広がった。

 ゆっくりと男の体に舞い降り、まとわりつく。


 白の中に赤が広がっていく。


 何もかもが死に沈む。

 動くもののないその部屋を、ジャックは静かに後にした。


 鎧についた血が、歩くたびに下へと溢れる。廊下には点々と血の跡が続き、ジャックの背中を追っていく。


 ふと窓の外を見ると、一階の窓から煙が上がっているのが見えた。


 血に濡れた剣を肩で担ぎ、ジャックは早足で一階へ向かう。


 残る仕事はもう少しかかってしまいそうだ。

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