第141話

「そう。サーシャがここの場所を」


 クローゼットの隠し部屋から出ると、エマはベッドに腰を下ろした。


「何があったのか。詳しく話してくれ」


「……サーシャからは、どの程度聞かされているんですか?」


「お前の実家に、兵士が押し寄せたこと。ヴィリアーズ公が、お前をここに逃したこと。それくらいだ」


「サーシャに教えたことは、全部知っているんですね」


 頬を和らげながらエマは言う。

 エマの手がわずかに震えている。

 彼女はそれを隠すように、片手で包み込み、硬く握りしめる。


「何があった」


「……お父様を、助けてくださいますか?」


「それは行ってみなければわからん」


「そうですね、その通りですね……」


 エマの目には涙がたまる。

 彼女は涙を手で拭うと、ゆっくりと打ち明け始めた。


「……帝国の兵士が、ドミティウスの命令で屋敷に攻め入ってきたんです。父の持つプレートを奪うために」


「なぜ?」


「詳しいことはわかりません。ただ、父のプレートは帝都の城の内部に通じています。おそらく、それを使っての侵入を防ぐために、奪いにきたと思われます」


「そのプレートをどこにある?」


「……ここに、あります」


 エマはコートのポケットに手を入れる。

 取り出されたのは、金色のプレートだった。


「最後に父から預かったのです」


「敵の数は分かるか。大体でもいいんだが」


「すみません、そこまでは。私も逃げることで精一杯でしたから。……すみません」


 覇気のない言葉がエマの口からこぼれていく。

 これ以上、彼女から得られるものはないだろう。

 ジャックはすくと立ち上がり、エマを見下ろした。


「これから、仲間を呼んでくる。私が戻るまでの間、クローゼットの中で隠れていろ。戻ってき次第、お前には屋敷への道を開いてくれ。それが終われば、サーシャと一緒に私たちの帰りを待っていろ」


「いえ。私も一緒に行きます。連れて行ってください」


「……安全は保証できんぞ。それにガブリエル老の安否もどうなっているか分からん」


「それでも、行きたいんです。何も知らないまま、ここに篭り切っているのは、これ以上耐えられないんです。自分の身は自分で守ります。だから……」


 震える手を抑えながら、エマはベッドから腰を上げて、ジャックを見上げる。

 その目には涙が浮かんでいる。

 恐怖も不安も、彼女の顔には浮かんでいた。


 ただ、不思議なことに弱々しいとは、ジャックは思わなかった。

 潤んだ瞳には光が宿る。

 芯の強さ、頑固とも思える覚悟が見える。


 父親譲りというべきか。

 それともエマの持つ根っからの頑固さが、そうさせているのか。

 だが、先ほどの触れれば壊れてしまいそうな、弱々しいエマよりはマシだった。


「……だとしても、私が戻るまでここを出るな。いいな」


「わかりました」


 エマが言う。

 不安はまだ残っているようだったが、顔色は少しよくなっているように見えた。


 だが、部屋のドアが静かに開いた時、彼女の表情はさっと緊張した。

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