第142話

「誰だ」


 ジャックが言う。

 ドアから誰かが入ってきた。

 足音はゆっくりと近づいていたが、ジャックの言葉の後ピタリと止まった。


 逃げる気配はない。

 ジャックは剣を抜きながら、入り口に顔を出した。

 

「……どうしてお前がここにいる」


 そこにいたのは、サーシャだった。

 両手で杖を握り、へっぴり腰でその場に立っていた。


「どうしてって、エマが心配だったから……」


「後をつけてきたのか?」


 サーシャは、コクリとうなずいた。

 剣をしまう。

 そして、顎でサーシャを居間に呼び寄せた。


「サーシャ……!」

 

 エマは彼女に歩み寄ると、サーシャを抱きしめた。


「ちょっと、苦しいわよ」


 サーシャは呻き声を上げる。


「どうしてここにきた。私に任せておけと言ったはずだぞ」


 ジャックが言う。


「ローウェンさんには任せるつもりでしたよ。でも、部屋にすでに敵がいるかもしれない。そしてローウェンさんがやられた場合とを考えた結果、向かった方がいいと、そう思っただけで……」


「それだけか?」


「……もしかすれば、ローウェンさんが敵に遣わされた人間かもとも、ちょっと考えました」


「ちょっと」


 エマがサーシャの顔を見る。

 その視線には、少なからずの批判の色が現れていた。


「妥当な判断だな。だが、子供が乗り込んだところで、どうにかなるとでも思っていたのか?」


「……時間稼ぎくらいはできるだろうと思ってました。魔法もありますし、騒ぎを起こせば、すぐにでも先生とかが、気づいてくれるかなって」


「確証もないのにか?」


「それは……そうですけど……」


 なんとか反論しようとするも、サーシャの言葉は続かない。


「友人想いなのは感心だが、あまり突発的な行動は控えろ。でないと、無駄に死に目を見ることになるぞ」


「……ごめんなさい。軽率すぎました」


 俯きながら、サーシャは言う。

 

「……だが、勇敢であることには違いない。私が戻ってくるまで、エマ嬢を見ていてくれ。決して誰も、この部屋に入れるな。顔見知りであってもだ。できるな」


「ええ。それくらいなら」


「なら、頼む。そう遅くはならないと思うが、なるべく早く戻ってくる。いいか、誰も入れるんじゃないぞ」


 念を押してから、ジャックはエマの部屋を足早に出た。


 残された二人は、互いに顔を見合わせる。

 だが、言葉が生まれない。

 気まずい沈黙が二人を包み込んでいく。


「……無茶をしないでよ。相手がジャックさんじゃなかったら、どうするつもりだったのよ」


 エマが言う。


「心配だったのよ。こう見えて」


 サーシャが言う。


「心配だったとしても、あんまり危険なことに首を突っ込もうとしないでよ。私はあなたに迷惑をかけたくないのよ」


「何よ、それ」


「友達を傷つけたくはなかったの。もしも、私のせいであなたが命を落とすようなことになったら……考えるだけでも、嫌よ。そんなの」


 互いにムッとした表情で、互いの顔を見つめる。

 だけど、エマがふと悲しげな目を見せた時、サーシャの苛立ちは、潮のように引いていった。


「……ごめん」

 

 サーシャが言う。


「謝らないでよ」


 エマが言う。

 そして、再び沈黙が降りる。


「……でも、ちょっと嬉しかった」


 エマが言う。


「やめてよ。気持ち悪い」


 サーシャが言う。

 二人は顔を合わせて、くすりと笑った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る