第140話

 階段を登ってすぐの部屋。そこがエマの部屋になっている。

 サーシャのいう通り、確かに階段を登って、正面に部屋が会った。


 ドアに耳を当ててみる。

 物音一つしない。

 エマが息を殺しているのか、それとも無人の空き部屋なのか。


 入ってみないことには確かめようがない。

 ジャックはドアノブを握り押し、開く。


 窓はカーテンで閉じられ、部屋の中は薄暗かった。

 部屋を進み、カーテンを開き外の光を部屋に入れる。


 中に人はいなかった。

 しかし、人がいた痕跡はあちこちに転がっていた。


 部屋中に衣服や書物が散らばっている。

 タンスは倒れ、引き出しは外に飛び出し、中身が散らかっている。


 散らかった衣服の上に、汚れた足跡がついている。

 形状は鎧の具足に近い。

 兵士。あるいはそれに近しいものが、この部屋に足を踏み入れたらしい。


 なぜ。その疑問は、今のところは解決する見込みはなかった。


 ジャックがいるのは、居間と寝室を兼ねているような部屋だ。

 この部屋以外にも、簡易的な浴室とトイレがある。


 だが、そこにも人の姿はなかった。

 そして、やはりタオルや洗剤等が乱雑に放り出されていた。


 徹底的に何かを探していたようだ。

 しかし、ドレスと一緒にネックレスや指輪も散乱している。

 おそらく、金品以外のものを、探し出そうとしていたのだ。


 だが、結局のところ、それは見つからなかったらしい。

 

 浴室を後にして、居間に戻る。

 部屋のどこにも、エマの姿はなかった。


 サーシャの知らない間に、何者かに連れ去られたことも考えられる。


 無人の部屋にようはない。

 とにかくエマの行方を探ろうと、ジャックは部屋を後にしようとした。


 その時だ。物音が聞こえて来た。

 何かを床に落としたような、ゴツンという鈍い音だった。


 音の方に顔を向けると、そこにはクローゼットがある。

 両開きのドアは開け放たれている。

 しまわれていたはずのコートやドレスは、乱雑に散乱している。


 床のドレス類を裂けながら、ジャックはクローゼットの中をのぞいた。


 ニスでコーティングされた黒色の壁がクローゼットの四方を囲んでいる。

 エマの姿はない。

 しかし、物音が聞こえたのは間違いがない。


 壁には、服をひっかける突起が並んでいる。

 その一つに手をかけたところ、突起は音を立てて下がった。


 機械の動作音とともに、奥側の壁がゆっくりと横に裂けていく。

 壁の奥には狭い空間があった。

 小さな机。小さな戸棚。そして小さな椅子。

 狭い空間の中に押し込まれるように、小さなサイズの調度品が置かれている。


 膝を折るようにして、エマが小さな椅子に腰掛けていた。


「……エマか」


 ジャックの呼びかけに、エマは安堵と気まずさとの間の、アンニュイな表情を浮かべた。

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