第139話
「エマの実家に帝国の兵士が押し寄せたんです。二十人くらいだったと彼女は言ってました」
「……それは、いつのことだ」
「ジャックさんが私に義手を頼んできた日から、二、三週間前だった気がします。突然のことで、私も慌てましたから」
サーシャは俯き、手を組み、親指を何度もすり合わせる。
「それでエマのお父さん。ヴィリアーズ公は彼女だけもって逃がしたんです。その際に、使用人の何人かは兵士の凶刃に倒れたと聞きました」
「あいつは、今どこにいる」
「……彼女を助けてくれますか?」
この時、サーシャの顔が初めて不安げな表情を見せる。
両眉の橋がわずかに下がり、懇願するような眼差しをジャックに送ってくる。
「どこにいるかを聞いている。答えろ」
「彼女を助けてくれると約束してくれたら、会わせますよ」
「心配せずとも助ける。ヴィリアーズ公からは任された仕事は、今も変わっていない。あいつの身辺警護も私の仕事だ」
「……ここから階段を上がって廊下の突き当たりに彼女の部屋があります。そこに行けば、彼女がいるはずです」
「わかった。感謝する」
ジャックは腰を上げる。
そして、財布から金貨を数枚見繕い、机の上に置いた。
「義手の報酬だ。前払いの分と合わせて、取っておけ」
サーシャの拒否に聞く耳を持たず、ジャックは立ち上がり彼女に背を向ける。
「今日はもうゆっくりと休め。エマのことは、なんとかする」
それだけを言い残し、ジャックは部屋を出て行った。
机の上に置かれた金貨。
前払いの分と合わせれば、到底学生の身分では手に入ることはない額になる。
「こんな大金。一体何に使えって言うんだか」
ため息が出る。
ひとまずは無くしてしまわぬよう、皮袋を小さな引き出しの中へとしまっておく。
折を見て返してしまおう。
そう思いながら、引き出しをそっと閉じて再び机に向き直る。
どうも落ち着かない。
心の中がザワザワと波立っている。
自分は間違ったことをしてしまっただろうか。
エマをより悪い方向へと導いてしまったのではないか、と。
……いくら考えても答えなどでてこない。
机の上に出せるものであるのなら、答えなど容易に導き出せるのに。
心に浮かんだ不安を解き答えを示すのは容易なことではない。
万が一。ジャックがエマに何かしようと企んだとしたら。
万が一。エマが既に殺されていて、ジャックですら手が出せなかったなら。
その時は……。
「……」
机の引き出しを開き、普段使っている杖を取り出す。
基本的な魔法は、すでに体得している。
もちろん、使用方法を間違えれば、相手を殺してしまうかもしれない。
「……その時は、私がやるしか、ないのか」
雑に背もたれにかけてあった外套を羽織り、内ポケットに杖を忍ばせる。
サーシャは扉を少し開けて廊下の左右を覗く。
廊下には人一人おらず、静まり返っていた。
この時間はもう一限目の授業が始まっている。
生徒は愚か教師が歩いているわけがない。
少し息をつくと、部屋を出て忍びつつも駆け足で廊下を進んで行った。
大丈夫、少し様子を見に行くだけだ。
自分の心にそう言い聞かせる。
そしてサーシャは、エマの部屋へと向かって行った。
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