十二章
第138話
傷の治癒と体力の回復を待ってから、ジャックはロドリックを連れて大学へ向かった。
サーシャに頼んでおいた、義手を受け取りにいくためだ。
ロドリックのプレートを使い、大学へとたどり着く。
ロドリックは生徒と教員たちの様子を見に、二人と別れた。
大学を出て寮へと向かう。
寮へと足を踏み入れ、階段を上がる。
サーシャの部屋。
ドアをノックする。
すると、中からサーシャの声が聞こえてきた。
「入ってください。もう出来上がってますから」
ジャックが部屋の中に入る。
サーシャはジャックの顔を見ると、椅子に座るように促してきた。
「早速ですけど、着けてみましょうか」
机の上には、黒光りする義手が置かれている。
関節部分には丸い球体がはめ込まれている。
関節部のスムーズな挙動ができるようにするためだ。
材料は鉄かと思ったが、ジャックが持ってみると思ったよりも軽いことに気づいた。。
「アカシアの木で基礎を作って、表面にはニスを塗ってあります。強度は鉄には劣りますけど、それでも激しく動いて壊れるようなことはありません。まあ、本当なら鉄で作りたかったんですが、時間もありませんでしたし、そこは勘弁してください」
サーシャはジャックから義手を取り返す。
「楽にしていてくださいね。すぐに終わりますから」
サーシャは言う。
「ああ、包帯は取ってくださいね。直接つなぎますから」
ジャックは包帯を取り、切断された断面をサーシャに向ける。
サーシャは義手を腕の断面に当て、上腕部にベルトを巻きつけて固定する。
「いきますよ。ちょっと、我慢してくださいね」
きっちりと固定をすると、サーシャの手は義手の手首へと伸ばされる。
手首を傾けると、義手の付け根から細長い鉄の棒が飛び出してきた。
「何をするつもりだ」
「まぁまぁ、すぐに終わりますから気にしないでください。あと、歯は食いしばっててくださいね。みっともない悲鳴は聞きたくありませんから」
サーシャはジャックの疑問を軽くいなす。
そして、ジャックが何かを言わないうちに、義手からでた鉄棒を、断面に思い切り押し込んだ。
ずぶり。
肉を押し分けて鉄の棒がジャックの腕の中に押し入ってくる。
途端にジャックの体に痛みが走る。
古傷が再び開かれたことで腕の断面からどっぷりと血が溢れてくる。
脂汗が額をつたい、息遣いが荒くなる。
「今、傷をふさいじゃいますね」
サーシャは杖を手に取り、ジャックの腕に呪文をかける。
傷口は塞がれ、義手がジャックの体に繋げられた。
「これで処置は完了です。ほら、早いでしょ」
サーシャは言う。
早いには早いが、予想以上の痛みにジャックの額から脂汗が流れ続ける。
「ほら、ちょっと動かしてみてくださいよ。動かなきゃ意味はないんですから」
サーシャは急かしてくる。
非難がましく、ジャックは彼女を睨む。
しかし、反省の色は見えず、ひょうひょうとしたままだった。
痛みがなんとか和らいできた。
親指から順に人差し指、中指と指を折り曲げていく。
小指から順に握りこぶしから掌へと手を開いていく。
反応に対する遅れはなかった。
「よし。手首をひねってみてください」
サーシャに言われるがまま、ジャックは手首をひねって見る。
すると掌から小さな突起がにょきりと生えてくる。
そして、それと同時に刺すような痛みがジャックの体を走った。
「仕掛けはちゃんと動いてますね。これは安心しました。これでダメだったら、もう一度あなたの腕を取らなければならないところでしたよ」
「それは、たまったものじゃないな」
手首を戻すと、突起が手のひらに納まった。
「義手での防御はなるべく控えてください。頑丈に作ってはいますけど、何度も攻撃に耐えられるようには作られていませんので」
「ああ。わかった」
腕にはいまだに痺れが残っている。
だが、先ほどの痛みに比べれば大したことはなかった。
「そういえば、エマの奴はどうした? 元気でやっているのか?」
それは、ふとした疑問だった。
この騒動があってから、彼女の姿を大学内で見た覚えがなかった。
それが、ジャックはなんとなく気がかりだったのだ。
だが、この問いかけがサーシャから思わぬ反応を引き出した。
「ああ……エマですか」
なんとも歯切れの悪い返事だった。
それまで真っ直ぐにジャックを見つめていたが、彼女の名前を出した途端に、その目が左右に泳いだ。
「どうした?」
「いえ、何と言いますか……」
顔を背けて、サーシャは明後日の方を向いた。
いよいよ怪しい。
ジャックはサーシャの眼前へと移動し、その顔を覗き込む。
「何があった?」
サーシャの両肩をしっかりと掴む。
観念したのか。サーシャはため息を一つ吐くと、ことの次第を話し始めた。
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