第137話

「あの大戦で、息子が死んだ」


 村長が呟く。


「バカのくせに張り切りやがってな。いの一番にテメェら帝国軍に向かって攻めていきやがった。親ならゲンコツを喰らわせて止めるべきだったんだが、そん時の俺はあいつの姿が誇らしくてな。そのまま行かせちまった」


 ……思えば、それが間違いだった。

 最後に呟いた言葉は、紫煙とともに天井へと昇っていく。

 彼の言葉には、悲しげな響きがあった。

 

「俺は、息子が斬られるところをこの目で見た。怒りに駆られて、息子を殺した奴に、魔法を食らわせようとした。だけどな、息子はまだ生きていた。死に体でありながら、懸命にその兵士にしがみついてやがった」


 村長の言う息子が誰なのか。

 なぜそれをジャックに聞かせるようにいうのか。

 ジャックにはわからない。


 だが、村長の言葉を止める気はなかった。

 黙ったまま、村長に話を続きを促す。

 きっとそのエルフを、自分は知っている。

 ジャックは、そう思った。


「俺はその兵士を、仲間とともに魔法で殺した。粉微塵になるまで、徹底的にやった。……まさか何百年と経ってから、同じ顔に出会うとは、思ってもみなかったがな」


 村長はジャックに視線をやる。

 その目には深い悲しみが宿っていた。


「殺してくれても、文句は言わんぞ」


「ああ、今すぐにでも殺してやりたいね。テメェを殺す理由は十分にある。なにせ、テメェは息子の仇だからな。……だが、今は殺さねぇ。借りを返すまでは、テメェを殺さないでおいてやる」


「……そうか」


 しばしの沈黙。

 互いに言うべきことは言い、また伝えることは伝えた結果の、鎮まり。

 村長の口から吐き出される紫炎が立ち昇る。


「テメェの体調が戻り次第。帝都にいる阿呆に攻め入る。それまでは、お前は安静にしていることだ」


「手立てはあるのか。でなければ、無駄死にになるだけだぞ」


「何十年、俺たちが帝国のバカどもとやり合っていたと思ってる。その間に城の逃走経路も、帝都の地下の構造も把握済みだ。そこを使って侵入すればいい奇襲ができるだろうよ」


 村長は、パイプに詰めた煙草を叩き落とす。


「あの時も、そうして奇襲を仕掛けようと企んでいたが、その前に帝国に俺たちは負けちまった。だが、今回ばかりは勝たせてもらう」


 いまだ火種の残る煙草を踏み消すと、村長はジャックを見下ろした。

 

「この戦が終われば、お前を殺してやる。抵抗してもいいが、できればしないでもらいたい。お前への敬意と、あの同胞のお嬢ちゃんの顔を立てて、苦しめることなく殺してやりてぇからよ」


「みすみすと殺されてやるほど、俺が大人しい奴だと思うか?」


「いいや。だからこうして忠告してやってるんだ。俺からの、最大限の温情さ。できれば汲み取ってもらいてぇな。もちろん、抵抗するって言うのなら、止めやしないさ。こっちも徹底的に潰すまでだ」


「そうか。それは、楽しみだな」


「ああ、全くだ」


 再びの沈黙。

 先ほどと打って変わって、冷ややかな殺気が二人の間に流れている。


 一時の協力関係。

 けれど味方ではない。ほんの一時の、短い間だけの共闘である。

 それが終われば、かつてと同じように、殺しあうのだろう。

 顔を合わせたが、躊躇はしない。


 これまで夢を見ていた気分だったが、やっと現実を見た。

 やはりエルフはこうでなくては、人間はこうでなくては。

 あい入れるなど、到底不可能な、敵と敵なのだ。


「家の前に二人くらい見張りを立てておいてやるから、安心して眠ることだ。心配しなくても、寝首はかかねぇでおいてやる。しっかり休んで、ちゃんと殺されてくれるよう、準備をしておくことだ」


 村長はにやりと頬を歪めて、その場を後にした。

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