第133話

 見上げるばかりの巨大な肉体。

 改めて目の前にすると、ジャックはただ見上げるばかりであった。


「村長は、このタイタンを戦力にしようと考えているみたい」


 ユミルが言う。


「村の連中が言っていたのか?」


「ええ」


「可能なのか、そんなことが?」


「さあ。村長はやる気みたいよ。魔術師にタイタンを洗脳した術を聞いているみたいだから」


「洗脳? 奴は操られていたと言いたいのか?」


「村長はそう考えているみたいね」


 折れた大木に背中を持たれて、ユミルは腰を下ろした。


「残りの兵士とゴブリンは、エドワードさん達が頑張ってくれてるから、何とかなるでしょう。私は、ちょっとの間休ませてもらおうかしらね」


「余裕だな」


「こうでもしないと、神経がすり減るだけよ。貴方は……まあ、こう言う場所にはなれているでしょうけど、あいにく私は、狩場みたいなところぐらいが限度なの」


 ユミルは言う。

 ため息をつくと、肩を回し体の凝りをほぐしていく。


「ローウェンさん」


 声が聞こえた。

 ジャックがそっちを見ると、コビンとカーリアが狩人を率いてやってきていた。


「エドワードが寄越したのは、お前達か?」


「はい……あれが、タイタンですか?」


 コビンがタイタンを見つめる。


「まだ殺さないそうだ。あいつにかけられた術を解くんだとさ」


「術? 何か仕掛けられていたんですか?」


「そうらしい。今、エルフ族の村長が、魔術師からその術について調べているところだ。悪いが、もうしばらく待機していてくれ。もし何かをしていたいんなら、エルフ達を手伝っていればいい」


「わかりました。では、カーリアと狩人二名をこちらに残しておきます。僕と狩人三名はけが人の救助をしてきます。ジャックさんも、怪我をしているようなら言ってください。今のうちに治してしまいますから」


「大した怪我はない」


「そうですか……では、失礼します」


 コビンは、すぐに狩人達を連れて離れて行った。


「いいの? 行かせて」


 カーリアが言う。


「ああ、ここにいたところで、やるべきことはまだない。お前も、あいつについて行きたければ行くといい」


「いい。ここにいる。貴方とユミルさんの警護につく」


 カーリアは狩人達に合図を送り、周囲の警戒にあたる。

 律儀な女だ。

 ジャックは内心思いながらも、タイタンへと目をやった。


「見事なもんだろう」


 聞き覚えのある声がした。

 村長がジャックの元へとやってきていた。


「済んだのか?」


「ああ。終わった、殺さずに置いてよかった。あいつにかけられた術は、あいつの死によっては解けないものだった」


 ジャックの前を通り過ぎると、村長はタイタンの元へ向かった。

 タイタンが村長を睨みつけている。

 歯を軋ませ、爛々と赤い目が光る。


 村長はタイタンの前に立つと、杖を構え静かに詠唱をする。

 すると、タイタンの目から徐々に光が消えていく。

 赤から緑へ。

 瞳の色が変わり、タイタンの纏った殺気も、次第に薄くなってゆく。


 術が解けているのだ。

 魔術に明るくないジャックでも、そう思った。


 村長は杖をしまい、エルフ達に目を向ける。

 エルフ達は魔力の管をほどき、タイタンの拘束を解く。


「終わった。あとはこいつが目を覚すのを待つだけだ」


 村長は言う。

 そして彼は、ジャックの元へと歩み寄ってくる


 ずいぶん簡単なものだ。

 ジャックは思う。

 これまでの戦闘に比べて、ずいぶんと静かな幕引きであると。


「エドワードの元へ行け。おそらく、ここでの役目はもはや……」


 そうカーリアの言いかけた時だ。

 タイタンの様子がおかしいことに気が付く。


 ピクリと顔が動き、ゆっくりとその目が開く。

 その目は爛々と赤く光っていた。


 ジャックは駆け出した。

 背後からユミルと、カーリアの声が聞こえる。

 だが、彼女達に返答する暇はなかった。


 村長もジャックの様子から何かを悟ったのか。

 背後を振り向くと同時に杖を構えた。

 タイタンの口が、大きく開く。

 大きな口。

 鋭い牙。

 濃厚な獣の香り。


 ジャックは村長の襟首を掴む。

 そして、力の限り、背後へ思い切り投げた。


 どさりと思い音が聞こえてきた。

 非難めいた視線が背後から刺さってくる。


 しかし、それにかまけている暇などなかった。

 彼の視界は、異臭と暗闇の中へ飲み込まれたのだから。

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