第130話

「今の内だ。さっさと取り掛かるぞ」


 村長が言う。

 エルフたちは詠唱を始め、杖から青白い光の管を伸ばしていく。

 魔力によって練られた管。

 それを幾重にも織りこみ、魔力の管を作っていく。


「ほら、急げ急げ。今にも奴がやってくるぞ。虫けらのごとく踏み潰されたいか? 潰されたくなければ、急げ急げ」


 村長が急き立てる。

 エルフたちは額に汗をかきながら、必死で魔力を編んでいく。

 そして出来上がったのは、人間の胴はあろうかと言う、太く長い管。


「よし、できたな。八人でこいつを運べ。残りのやつは、こいつらの警護にあたる。びびるんじゃねえぞ。気張っていけ」


 男たちの野太い声。

 力強い返事の後、村長は先頭を切って巨人へと駆け抜ける。


 瓦解寸前の敵兵団。

 しかし、それでも敵は敵である。

 中央突破しようとする村長たちを、次々に襲撃をかけていく。

 村長を含めた五人のエルフが、彼らの攻撃から管を持つエルフを守る。

 

 しかし、それでも防御には穴が開く。

 八人が七人に、七人が六人に。

 失われたエルフの分を、生き残るエルフが補う。


 魔力の管を保つためには、魔力を流し続けなければならない。

 そのために攻撃することもできないのだ。


 村長と護衛のエルフは、後方の支援を受けながら、どうにか管を保つエルフたちを守っていく。


 そしてタイタンの足元へとたどり着く。

 目を押さえたまま、タイタンは大木を振り回す。

 タイタンの周囲には強風が吹き荒れている。


「足だ、足。足を押さえろ!」


 村長が叫ぶ。

 護衛のエルフは詠唱する。

 タイタンの足元の地面が盛り上がり、土でできた手がいくつも生えてきた。

 土の手の群れは、タイタンの足を掴み、その場に固定する。


 タイタンはすぐに引き剥がそうと、足を持ち上げる。


「堪えろよ。潰されるぞ」


 村長はエルフたちを奮い立たせる。

 わずかに浮いた足を、土の手が地面に引き戻す。

 土埃が舞い上がり、振動が地面を揺らす。

 だが、確かにタイタンの足を縛り付けた。


「そぉれ、引っ裂けやぁ!」


 村長が号令を下す。

 管を持ったエルフたちが、タイタンの足を取り囲むように左右に広がる。

 魔力の管をピンと横一杯に張る。

 そして、全速力で前方へと駆け出した。


 魔力の管が、タイタンのスネに当たる。

 硬い皮膚に管が吸い込まれ、足の内部を通り、通り過ぎる。


 細い赤い線が、灰色の足首に浮かぶ。

 タイタンの足首を一周する形で、血の線がつながった。


 その瞬間、どっと音を立ててタイタンの足首から血が溢れ出した。

 

「散れ! 散れぇ!」


 村長が叫ぶ。

 血を目一杯に浴びながら、村長は走る。

 蜂の子を散らすように。

 エルフ達も一目散にその場を逃げ出した。


 濁流のごとく噴き出す血流。

 それを止めることはできず、森は血の中に沈んでいった。





 エルフに相対しながら、兵士は懸命に戦っていた。


 作戦は失敗。

 本来なら、退避行動をとっても不思議ではない。

 しかし、それをしないのは、彼らの背後にタイタンがいたからだ。

 奴がいる限り、自分たちが負けることはない。


 暴力的な巨大さ。その純粋な力だけで、国をも滅ぼすことができる。

 過剰とも思える戦力によって、兵士を始め、自軍の士気はいまだ衰えてはいなかった。


 タイタンの影が揺れ動く。

 それは、攻撃によるものだと思っていた。

 執拗なエルフ達の抵抗のせいで、やつは思うように動けていない。

 だからこそ、タイタンに苛立ちがつのり、揺れ動いているのだろうと。


 だが、突然の突風と血の匂いに、兵士は思わず背後を見た。

 

「……何てこった」


 巨体が、巨大な肉の塊が、倒れてくる。

 風を切る轟音が、悪魔の叫び声が聞こえてくる。

 

 兵士は動けなかった。

 足が震え、腰が抜け、その驚異の前になす術がなかった。


「は、はは、ははは……」


 から笑い。

 むなしき笑い。

 目の前に迫る、巨人の顔。

 轟音とともにやってくる、灰色の顔。


 プチッ……!


 耳の奥に木霊した、小さな音。

 それを最後に、兵士の意識は闇の中に消え去った。

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