第129話

「お前らは攻撃を続けて、あのデカブツの注意を引きつけろ。残りの連中は俺についてこい」


 村長が言う。


「どうするつもりだ」


 ジャックが言う。


「図体がでかかろうが、生物である限り必ず死ぬ。だが、あのままでは到底殺すことは出来ないだろう。だから。奴の足元に入り込み、奴を転ばせる」


「どうやって?」


 ユミルが問いかける。


「魔法の一点放火で、奴の足を破壊する。タイタンの皮膚は硬いが、壊せないわけじゃない。他の連中が注意を引いている間に奴に接近。ありったけの魔力を込めた魔法を叩き込む」


「そんなにうまくいくかしらね」


「かしら、じゃねえ。やるんだよ。でなけりゃ、俺たちは死ぬだけだ」


 村長はエルフを連れて、森へと走って行った。


「どうする?」


 ユミルがジャックを見る。


「村長の言っていることは、間違っちゃいない。あのバカでかい化け物をどうにかしない限り、俺たちは死から逃れられん」


 タイタンは今も、大木を振り回しながら村に進んでいる。

 エルフたちは懸命に攻撃を続けている。

 だが、それも長くは持ちそうにない。

 そもそも、その攻撃が効いているかどうかも、定かではなかった。


「タイタンの攻撃には気を付けろ。頭の上から降ってくる大木にもな。私は足元にいる木っ端どもをどうにかしつつ、タイタンに攻撃を加える。お前は、エルフたちと一緒に、タイタンの動きを封じろ」


「封じろったって、あんなデカブツに攻撃が通るとは思えないけど」


「眼球目掛けて矢をいかければ、少しは時間が稼げるだろ」


「無茶を言うわね。どれだけ離れていると思ってるのよ」


「できなければ、別にいい。兵士とゴブリンたちを、何とかしていろ」


 ジャックは言う。

 剣を抜き、ユミルを置いて駆け出した。


「……やればいいんでしょ。やれば」


 ユミルは嘆息した。

 そして、巨人に目を向ける。

 奴が一歩踏み出すだけで、地面が揺れる。

 腕を振るだけで、簡単に木々がなぎ倒される。


 巨体から繰り出される攻撃。

 それは攻撃などではない。災害そのものだ。


「あんなデカブツ。どっから引っ張り出してきたんだか」


 弓を持ち、矢を二本指の間に挟む。


「ねえ。悪いんだけど、私が今から放つ矢を、凍らせてくれないかしら」


 近くにいたエルフに頼む


「え、あ、ああ。いいけど」


「そ、じゃあ、お願い」


 ユミルは一本の大木に矢を放った。

 幹に刺さった矢を、エルフが魔法で凍らせる。


「ありがとう」


 弓を肩にかけ、家の屋根に駆け上る。

 それから凍らせた矢に、飛び移った。


 矢と魔法で作られた、簡易的な足場。

 たった一歩踏み込んだだけで、氷の矢にヒビが入る。

 だが、一瞬もてば充分だった。


 枝と幹を伝って、ぐんぐんとよじ登る。

 そして大木の頂上までたどり着く。


 鋭い風が吹きすさぶ。

 タイタンの咆哮がやけに大きく聞こえた。


「うるさい声ね。まったく」


 一人呟く。

 乾いた唇を、舌で撫でる。

 

 ユミルは弓を構え、矢をつがえる。


 タイタンの頭部。そのやや上に照準を合わせる。

 動き回るタイタンの顔。

 たった一瞬。そのタイミングを狙って、ユミルは息を整える。


 息深く吸い込み、止める。

 風の音。木の折れる音。

 振動。悲鳴。怒号。

 それらの音は、何一つ聞こえなくなる。


 自分の心拍の音。

 ただそれだけが、彼女の耳に響いていた。


 緩慢に動く時間。

 ゆっくりとこちらを振り向く、巨人の顔。

 その目がユミルを捕らえた瞬間、研ぎ澄まされた一矢が放たれた。


 一直線に風を貫き、矢が空を駆け上る。

 上空で緩やかな曲線を描く。


 タイタンの目には、それは小さな羽虫にしか見えなかった。

 しかし、その速さは羽虫にまさる。

 叩き落とそうと振るわれた手をすり抜け、矢は見事にタイタンの左目を捕らえた。


 響き渡るタイタンの悲鳴。

 痛みのあまり、タイタンはじたんだを踏む

 地響きが轟き、巨人のじたんだに巻き込まれて何人かの兵士が潰された。


 だが、確かにタイタンの足が止まった。

 

「やってみるもんだわ」


 成果を誇るでもなく、ユミルは額に浮かんだ汗を拭った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る