第128話

 物陰から物陰へ。敵が離れていけばエルフ達も移動していく。

 その様子を離れたところから、エドワードは悲痛な面持ちで見つめていた。


 目の前の殺されていくのは、帝国の兵士だ。

 エドワードにとって、仲間とも言うべき者たちだ。


 たとえ倒すべき相手であっても、何も思わないではいられない。

 拳を握りしめ、今にも駆け出していきそうな自分を、どうにか制する。

 

「どうしたんです、早く行きましょう」


 ロドリックが言う。


「……ああ、すぐに行く」


 後ろ髪を引かれる思い。

 兵士たちの悲鳴を聞きながら、エドワードはロドリックとともに、大学へと引き返した。





 戦況はエルフ側が有利に進められている。

 罠と死角からの攻撃によって、常に死体の山を築き上げていく。

 順調も順調。このまま押し切れば勝利は見える。


 しかし、ジャックは不安を拭うことができなかった。

 嫌な予感が彼の心をざわつかせる。

 何か、何かがおかしい。

 敵があまりにも脆弱すぎる。

 

 兵士の首をなぎ、ゴブリンの腹を貫いても、不安はいつまでも居座っている。

 何だ。何があるんだ。

 ジャックは思った。

 そして、ジャックの予感は、形となって現れた。

  

 森に響き渡る、衝撃音。

 重く鈍いその音は、何かの足音のように聞こえた。

 音の方を見た。


 そこには森の中を進む、異様な影がある。

 それが足を一歩踏み出すたびに、大地が揺れ、地響きが辺りに響き渡る。


 雲にまで届こうかという巨体。

 体全体が灰を被ったように灰色。

 額からは巻き角を早している。

 赤く爛々と光る眼がエルフたちの村を見つめていた。


「なんで……、こんなところにタイタンがいるんだ」


 エルフの誰かがそう呟いた。その声はかすかに震えていた。


 タイタン。

 地上に存在する生物の中で、群を抜く巨大さを誇る、化け物である。

 巨体さとは裏腹に、性格は温厚であり、手を出さない限りは攻撃されることはない。


 山裾の村々では、彼らは山神と崇め奉っている場所もある。

 宗教的意味から見ても、人間にかねてから知られている、化け物と言えるだろう。


 だが、目の前に現れたタイタンからは、殺意を感じた。

 こちらから、攻撃を加えた覚えがないにも関わらずだ。


 よく見れば、タイタンの肩に人間が乗っていた。

 黒い外套をまとい、頭からすっぽりとフードをかぶっている。

 その手には丈の長い杖を握っている。


 おそらく、魔術師であろう。

 ジャックは思った。


 魔術師は杖を前に掲げる。

 すると、それに合わせてタイタンの足が一歩、また一歩と前へ踏み出される。


 「何をしている。射て! 射ちまくれ!」


 エルフが叫ぶ。

 素早く矢をつがえ、エルフたちはタイタン目掛けて射かけていく。

 灰色の肌に、次々と矢が突き刺さっていく。

 しかし、タイタンの歩みは止まることはない。


 エルフたちの矢など、タイタンにとっては蚊ほどの痛みしかなかったのだ。


 大木はメキメキと嫌な悲鳴をあげながら、ゆっくりと上に引き抜かれる。

 地面が隆起し、太い木の根が顔を出す。

 タイタンは槍を投げるように、手に持った木を空高く放り投げた。


 巨木は天高く打ち上げられ、そして弧を描いて落下し始める。

 落下地点には、エルフの村があった。


「避けろ!」


 エルフが叫んだ。

 持ち場を離れ、一目散に逃げる。

 すると、先ほどまでエルフがいた場所に巨木が落下した。

 けたたましい音を立てながら、巨木が家を押しつぶし、地面に突き刺さる。


 土煙に紛れて、いくつもの悲鳴がこだました。

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