第127話

 エルフの真の恐ろしさ。

 それは長命さや、無尽蔵の魔力ではない。

 確かに、それもまた彼らを象徴する特異性ではあることは認めよう。


 魔法による攻撃と長い寿命は驚異的であり、またとない能力であろう。


 しかし、彼らの真の恐ろしさは、それとは別にある。

 

 ゴブリンと帝国の兵士。

 二〇〇を優に越える軍勢である。


 隊列を組むことなく、しかし、用心深く警戒を払いながら、草をかき分けてぞろぞろと前へ進んでくる。


 対するは、二十人のエルフ達。

 この少数の精鋭を率いるのは、村長である。


 村長が合図を送る。

 男たちは森へと散り、木に登り、草むらに身を隠し、敵の視界から身を隠し、気配を消す。


 村人達が隠れているとも知らず、ゴブリンと帝国兵達は森を進む。

 すると、一匹のゴブリンの足に何かが引っかかった。


 足元を見る。

 ゴブリンの足元には、編み込まれた一本の蔦が、地面と水平に横へと伸びていた。


 ゴブリンの足はその蔦を蹴っていたのだ。

 頭上からは聞こえる、メキメキと何かが折れる音。


 ゴブリンは頭上を見上げた。

 そこにあったのは、巨漢の胴はあろうかという、大きな丸太だった。


 丸太は重力に従って落下し、ゴブリンを頭から押しつぶす。

 首がひしゃげ、頭が潰れ、血を吐きながらゴブリンは丸太の下敷きになった。


 罠だ。

 ゴブリンも兵士も、動揺が走る。

 皆が足元に注意を払い。彼らの足は著しく遅くなった。


 そこへエルフからの手厚い歓迎が待ち受けている。

 雨のごとく飛来する矢の数々が、寸分違わず敵の胴を、頭を、喉を射抜いていく。


 エルフの真の恐ろしさは、隠密能力と地形把握能力。それを組み合わせた、奇襲攻撃にある。


 自然界。特に森や野山での戦闘において、エルフの真骨頂が発揮される。

 地形から木々から。さらには植物や木の実に至るまで。

 彼らにかかれば、それらは身を守る防壁となり、敵を殺す強力な武器にもなり得る。


 兵士とゴブリンは攻め入っているはずだった。

 しかし、実際には彼らの狩場へと足を踏み入れてしまったに過ぎない。


 懐かしいこと。そして不愉快の気持ちとが、ジャックの心に浮かんでいる。

 今兵士たちが受けている攻撃は、かつて自分も体験したことがあったからだ。


 用意周到な罠。矢と魔法による、四方八方から繰り出される攻撃。

 単純でありながら、厄介この上ないのだ。


 混乱と恐怖が敵陣の中に波紋を浮かべて伝わっていく。

 兵士とゴブリン達は浮き足立って、辿ってきた道を一目散に引き返していく。


 しかし、森の中にはエルフたちが仕掛けた罠がそこら中にあった。

 落下する丸太。落とし穴。吊り上げられるゴブリンたち。


 十重二十重に張り巡らせられた罠が、敵を撹乱し、戦意を喪失させていく。

 

 それでも何とか罠から逃れるものもいる。

 だが、死ぬことには変わりない。

 エルフの放つ矢と魔法が、執拗に、彼らに死を与えていった。


 なるほど。確かにこれでは、助力の必要はなさそうだ。

 村に入ってきそうな兵士とゴブリンを倒しながら、ジャックは思う。


 森の中へ進むつもりはなかった。

 あくまで守備に徹する。

 その方が、無駄に怪我をせずにすむだろう。


「助けなんぞ必要ない。俺はそう言ったはずだが?」


 村長が言う。


「万が一突破されれば、俺たちにも被害が出る。別に助けているつもりはない」


「そうかい。勝手にしろ」


「さっきから、そうしている」


「……減らず口もいい加減にしねぇと、背後からテメェの首をとってやるぞ」


「獲れるものなら、獲ってみろ。一度は獲られかけたが、同じ徹は二度と踏まん」


 ジャックは村長から離れ、兵士たちに突貫する。


「……生意気な野郎だ」


 そうこぼしながら、村長もまた魔法を敵に打ち込んでいった。

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