第126話

「……お前、どこかで会ったか?」


 村長は、ジャックの元へ歩み寄ると、その顔をしげしげと眺めた。


「名前は?」


「ジャック・ローウェンだ」


「ジャックか。俺と、どこかで会ったか?」


「いいや、初めてだ」


「……見覚えがあるんだがな、俺の勘違いか」


 興味がなくなったのか。

 村長はそう言うと、ジャックの顔から目を切った。


「ロドリック、見送りは任せたぞ」


「どうしても協力はできないか」


 エドワードが言う。


「おたくらの問題は、おたくらで片付けてくれ。俺たちはアンタらを救う気なんざ、さらさらねぇんだ」


「帝都には、エルフたちもいるんだぞ」


「同胞の死は悲しいが、別にそれが珍しいってわけじゃない。そいつらの運命がそうなっていただけに過ぎんさ」


 村長はエドワードの言葉に、全く取り合わない。


「わかったら、さっさと帰ってくれ。これ以上何か言うつもりなら、テメェらのど頭を吹っ飛ばしたっていいんだ」


 杖を構えて、エドワードの顔に向ける。

 冷や汗が彼の額から流れていく。


「……お前が私を見かけたとすれば、それは戦場だろう」


 唐突に、ジャックが言った。


「ほう。どの戦場だ」


 村長は言う。


「ドミティウスが皇帝として君臨していた頃の戦場だ。帝国とエルフが双方からぶつかり合い、荒野にて戦闘を行っていた」


 ぴくり、と口角が動いた。

 エドワードへの興味は急激に薄くなり、彼の目がジャックを見た。


「何人ものエルフが兵士に斬り殺され、何人もの兵士がエルフの魔法によって命を落とした。どこもかしこも血で汚れ、腐臭と血の匂いが漂っていた。あの死体の掃き溜めを、お前は覚えているか」


 村長は立ジャックの言葉に聞き入っていた。

 エドワードとロドリックは、はジャックの話に困惑していた。

 唯一、ユミルだけが心配そうにジャックを見つめていた。


「私もあの場にいた。魔法の嵐から死体を盾にして生き延びながら、多くのエルフを亡き者にした。首をきり、胸に剣をつきたて、胴を薙いだ。荒野の土は赤く染まり、死体が山を築いた」


「それ以上喋るな」


 首を少し動かし、村長は肩越しにジャックに言葉を送る。

 ひどく無機質で、感情を浮かばせない声だった。


「一人のエルフの男が、私の腕を掴んで離さなかった。そいつは私が腹を切り裂いて殺したはずのエルフだった。奴は死ぬ間際に私の手を取って、にやりと笑っていた。ざまぁみろと言いたげにな。そして、私はそのエルフに気を取られている間に殺された」


「聞こえなかったのか。今すぐ、その口を閉じろって言ってんだ」


「村を焼き、森を焼き、幼いエルフの子供にも手をかけた。帝国の命じるままに、エルフたちを八つ裂きにし続けた」


「……どうやら。テメェは殺されたいらしいな」


 村長は言う。

 ジャックの元へ歩み寄ると、杖をジャックの顎に向ける。


「……テメェのおかげで、胸糞悪い記憶が蘇っちまったじゃねぇか」


「知ったことか。私はあったことを、そのまま言っているだけだ」


「それが胸糞悪いって言ってるだ。このボケ」


 下顎に杖の先を押し付ける。


「……だが、テメェのおかげで思い出した。テメェは確かに、あの場所にいたな」


「やはり、お前はあの場にいたのか」


「ああ、そうとも。俺はあの場にいた。そして、お前を見たんだ」


 村長の目には怪しい光が宿る。

 怒りでもなく、苛立ちでもない。

 その鋭い目に宿ったのは、純粋な殺意だった。


「村長、やめてくれ。今ここで殺し合いをしている場合ではないだろう」


「ああ、そうだな。だから、すぐに終わらせてやる」


 仲裁に入ってくるロドリックを手で退けると、ジャックの前に立つ。


「だが、それとこれとは話は別だ。テメェを殺す理由は十分にある」


「お願いだから、やめて」


 村長とジャックの間に、ユミルが立った。


「同胞よ。邪魔立てをするな」


「彼の言動は私からも謝るわ。だから、杖を納めて頂戴。お願い」


 ユミルは言う。

 しかし、その懇願は村長に響くことはなかった。


 その時だ。外からけたたましい鐘の音が聞こえて来た。

 鳴り響鐘の音が、村中に響き渡る。


 ロドリックは焦ったように窓枠へと近寄り、外をみる。

 村長は残念そうに肩を落とし、大げさにため息をついた。


「何の音だ」


 ジャックが尋ねる。


「襲撃だ。どっかのバカがうちの村を襲いに来やがった」


 村長はジャックから離れ、ロドリックと同じように窓から外を眺める。


「お前の相手は後だ。バカどもを懲らしめてやらなければ」


「手伝うか」


「テメェの手を借りるほど、俺たちは落ちぶれちゃいない。まあ、見てな」


 ジャックの提案をはねのけ、村長は杖を持ったまま外へ出ていく。


「どうする?」


 ユミルが言う。


「村のみんなを手伝ってやってくれ。報酬は、必ず払う」


 ロドリックが言う。

 二人の視線が、ジャックに向けられた。


「……報酬はいい。必ず、あの村長を説得しろ。それができるのであれば、あいつらを手伝う」


「ああ。約束する」


 ロドリックは言った。

 承諾を取り付け、ジャックは剣を抜く。


「さっきの話は、一体どういうことだ」


 エドワードが言う。


「……あとで説明する。それより、お前はロドリックを連れて、先遣隊の奴らを呼んできてくれ。味方は多い方が楽だからな」


 ジャックはそう言い残して、家を飛び出した。

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