第125話
汚れた赤い布が屋根から垂れ下がり、暖簾のように入り口の上部を隠している。
ロドリックはその布を手であげながら、家の中へと入った。
「村長。いるか」
ロドリックは村長を呼ぶ。
濃厚な煙草の匂い。
むせ返るような匂いに、三人は鼻を摘んだ。
三人に対して、ロドリックは少しも気にしている様子はなかった。
「ロドリックか。帰っていたのか」
薄暗い部屋の奥から、声が聞こえる。
「少しは換気をしたらどうだ。部屋にキセルの煙がたまっているぞ」
ロドリックは窓辺に立つと、窓を開いた。
煙たちは吸い込まれるように窓へと流れていく。
空気がよくなったところで、改めて家の中を見た。。
右手には暖炉と食器棚。
左手には窓がある。
天井からはニンニクや薬草などが、紐で吊り下げられている。
家主は、一段高くなった板の間に腰を下ろしていた。
白いざんばら髪に、蓄えた白い髭。
皺の刻まれた顔は年輪のように老人の歴史をものがっている。
口にはキセルを咥え、口元からそれを離すと紫煙を上へと吐き出していく。
紫煙は天井にぶつかり、輪を描きながら広がり、消えていく。
「そこにいる連中は、一体何者だ」
「帝都の軍人と、それに協力している冒険者だ。それで、村長に頼みたいんだが、彼らが率いている先遣隊を。しばらくの間ここに逗留させてもらいたい」
村長からの返答はなかった。
キセルを吸いこむと、紫煙をロドリックの顔めがけて吹きかけた。
「……なぜ、そんなことせにゃならない」
村長はキセルの先端を板の間の縁に叩きつける。
詰め込まれていた煙草が床に落ちる。
火種が燻っているそれを足で踏み消すと、村長の視線がロドリックに向けられた。
「帝国の連中がどうなろうと、こっちは知ったこっちゃねぇよ」
「そうも言っていられんだろう。今じゃ、帝国の手厚い支援のおかげで、この村も繁栄をしているんだ」
「誰も支援してくれなんて頼んじゃいねぇよ。テ勝手に攻め入ってきて、恩着せがましく勝手に支援してきたにすぎねぇ」
「だとしてもだ。彼らを無下にするのは……」
「無下にしたら、どうだってんだ?」
苛立たしげに、村長はロドリックを睨み付ける。
「俺たちに何か困る事態でも起きるか? いや、起きない。俺がすぐに死ぬようなことになるのか? いやならねぇ。奴らが死のうが、何をしようが、俺たちにはなんの関係もねぇ」
「帝都にはエルフたちもいる。そいつらを放ってはおけないだろ」
「それは心配だな。帝都は今、魔物共に占拠されているらしいからな、そいつらの家族は、気が気じゃねぇだろうさ」
「……知っていたのか?」
「知らないとでも思ってたのか? まあ、それも仕方ねえな。知ったのは、つい最近のことだしな」
村長は立ち上がり、背後にあるドアの前に立つ。
キセルを口にくわえたまま、ドアを開く。
おもむろに何かを掴むと、それをロドリックの前に放り投げた。
何かとそれを見た時、ロドリックは息を飲んだ。
それは、何体ものゴブリンの首だった。
「ど、どうしたんだ。これは」
「うちの村に押し寄せてきた連中だ。ご丁寧に帝国の鎧を着てやがった。ちょうど、アンタのものと一緒の奴だ」
村長はエドワードを指差した。
「帝国がどうして魔物なんぞを飼っているのか。俺にもわからなかった。疑問に答えてくれたのは、こいつだ」
奥の部屋から、村長はさらに何かを取り出した。
それは生きている人間だった。
縄で両手両足を縛られ、口には猿ぐつわをかまされている。
帝国の鎧を身につけた、兵士だった。
「こいつの口から大体の事情は知った。それに、懐かしい男の名前も聞いた」
「ドミティウス・ノース、か」
ジャックが言った。
「そう。そのドミティウスだ。我らの宿敵であり、憎くき帝国の首魁。奴に殺された同胞の数は計り知れない。すでにおっ死んじまっていたものと思っていたんだが、人間もなかなかにしぶといらしい」
笑いながら、村長は再びロッキングチェアに腰掛ける。
「そいつは、どうするんだ」
「ああ、そうだな」
村長はおもむろに杖を構えると、呪文を唱える。
杖の先に光が宿る。
そして一瞬の内に、兵士の頭部を、氷柱が貫いた。
兵士は白目を向いて、前のめりに倒れる。
流れ出す血が床に広がり、血溜まりを作り出す。
「……他に、何かあるか?」
杖を懐にしまい、村長は四人の顔を順繰りに見た。
三人は言葉を失い、ただ死体に目をやっている。
ただ一人、ジャックだけは村長を見つめていた。
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