第122話

「えっと。確かこの辺りに……」

 

 引き出しを開けて中をゴソゴソと手でかき回す。

 取り出したのは、木の筒だった。

 円筒型で、表面には木目が走っている。


 筒の蓋を開けて少し傾けると、中からは小さな水晶が顔を出した。


「魔鉱石、とかいうやつか」


「ええ、でも、ちょっとだけ細工をしてあります」


 サーシャは手に持った石をジャックに投げる。

 ジャックはそれを受け取る。

 よくよく見てみると、石の表面に何かが刻まれていた。

 窓辺に立って光に照らしてみる。

 そこには、見慣れない文字が刻まれていた。


「そこに刻まれているのは、エルフ語でかいたルーンです。吸収と蓄積という意味があります」


「これがなんだというんだ」


「移動した魂は、すぐに定着するというわけではありません、体の本来の持ち主の魂と、徐々に徐々に合わさり、馴染み、飲み込んでいきます。その期間はまちまちですが、およそ数ヶ月から半年くらいの長さに分かれるらしいです」


 ティーポットを手に取り、コーヒーをカップに注ぐ。

 すっかり冷め切っているらしく、湯気がたっている様子はなかった。


「先ほども言った通り、魂=魔力です。人間生命の根源にある魔力を抜き出すには、並大抵のことではできない。しかし、まだ宿ったばかりの、他の者の魂ならば、吸い取ることができるのではないか」


 ジャックは体をアリッサに向ける。

 その目には隠しきれない興奮の色が、ありありと浮かんでいた。


「でも、これはあくまで仮説です。所詮は机上の空論止まりで、実証も、実験の機会もありませんでしたから」


 アリッサは手に持った紙をひらひらと振った。

 そこには横書きにいくつもの文言が書かれている。

 おそらく、それが彼女の机上の空論なのだろう。ジャックは思った。


「その魔鉱石と同じものを、あの盾にも仕込んであります。吸収力に関して言えば、貴方もその目で確かめたでしょう」


 壁にかけられた盾。

 それは以前、部屋に来た時にジャックが手にしたものだ。

 魔法を吸収し、受け止めて見せたことを、彼もよく覚えていた。


「こいつを、被験者の体にさせばいいのか」」


「ええ。でも、もしも私の仮説が正しかったとしても、その一個だけでは魂を受け入れることはできないでしょうね。魂は魔法一発や二発程度の量ではありませんから。他の受け皿、別の魔力容器などが必要になるでしょう」


「そうか……こいつを一つもらってもいいか?」


「ええ。いいですよ。私も、仮説の結果が知りたいですし」


 ジャックは魔鉱石をポケットに入れた。


「じゃ、用が終わったのなら出て行ってくれますか。これから、義手の製作に入りますから」


「……協力、感謝する。こいつは、ほんの少しの礼だ」


 ジャックは財布から金貨を数枚見繕うと、サーシャの机に置いた。


「別にいいですって……」


 サーシャは恐縮して、迷惑そうに眉根をよせた。


「使わなくても、どこかに捨ててくれてもいい。いいから、受け取れ」


「……わかりましたよ。もう」





 ジャックとユミルは、サーシャの部屋を出た。

 それから廊下を進んで、先遣隊の元へと戻って行った。

 

 しかし、廊下を中程も進んだところで、ジャックの足が止まった。

 そして、こんなことを言った。


「先に戻っていてくれ。少し用事を思い出した」


「用事?」


「ああ。すぐに戻る」


 ジャックは廊下を引き返す。

 そして彼は、サーシャの部屋にもう一度入って行った。


「……忘れ物かしら」


 気にはなる。

 だが、彼を追いかけてまで確かめるほどではなかった。

 ちょっとばかり彼のいない廊下を眺めた後、ユミルは歩き出した。





「まだ、何かあるんですか」


 ふう、と鼻で息をもらしながら、サーシャはジャックの言葉を待つ。


「ああ……お前に、もう一つ頼みたいことがある」


 ジャックの口から語られる言葉は、彼の思考が紡ぎ出したとある仮説である。


 サーシャは彼の言葉に驚嘆しながら、同時に知的好奇心が大いに刺激されるのを感じていた。

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