第121話
「聞きたいことがある」
義手の採寸をしていると、ジャックがサーシャに問いかける。
「なんでしょう」
「人の体内に入った別の人間を、取り除く方法はあるか?」
「……はい?」
思わぬ問いかけに、サーシャは素っ頓狂な声を上げた。
「えっと、それと貴方と何の関係があるんですか?」
「心当たりがあるのか、それともないのか?」
「……まあ。知らないってわけじゃないですよ」
サーシャは一旦ジャックの元から離れる。
山と積まれた書物の中から、一冊の本を取り出す。
本、と言ったが、それはあまりにお粗末な作りをしている。
数十枚に及ぶ紙を、黒い紐でつなぎ合わせているだけのものだからだ。
ホコリで白くなった表紙を、息を吹きかけて綺麗にする。
それから、目当てのページを広げて、ジャックに見せた。
「サル・バリフ。ヤ・グ族の儀式です」
両手両足を広げた男女の絵とともに、いくつもの走り書きが書かれている。
きちんとした書物のように、文体の体裁は整えられていない。
日記。いや、それよりもメモ帳と言った方が正しいだろうか。
「彼らの呪術を記録したものは、あまりないんです。どれも禁術に該当するものばかりで、そのほとんどは大昔に焼き捨てられましたから」
「それはどこで手に入れたんだ」
「大学の秘密図書から。まあ、許されないことですけど、ばれたらばれたで、反省文と言う免罪符を用意すればいいだけですから」
ページをくると、術式らしき二つの円陣が、見開き二ページに描かれている。
「この呪術は二つの素材、そして二つの術式が必要になります。片方に魂を移動させるための術式を。もう片方にはその魂の受け皿になるための術式を、体のどこかに刻み込みます」
サーシャはそれぞれのページの術式を指でさす
「そして、これがこの術の大きな特徴なんですが。被験者の片方、つまり魂を送る方の被験者の死によって、術が発動。受け皿となった被験者の体に、片方の被験者の魂がうつされます」
「本当に可能なのか、それが」
「ええ。人間の魂、つまり生命エネルギーという奴は、魔力によって形成されていることがわかっています。その論文もここにありますけど、読みますか?」
「いや、いい」
「でしょうね。あまりそういうのは興味なさそうですし」
サーシャは本を閉じて、再び本の山の頂に置く。
「この呪術は、簡単に言えば生命エネルギーを、そっくりそのまま移し替えるというものなんです。不老不死の術。なんて別名もあってですね、成功し続ければ、永遠に生きられることも可能になります。まあ、だから禁術になっていると思いますが」
「それを解く方法はあるのか」
「そりゃあ禁術といっても術ですから、解く方法もあるでしょうね」
「どんな方法がある」
「さぁ」
「さぁ?」
「ここには儀式のやり方は書かれていますが、解除の方法までは書かれていないんです。彼らは、秘密主義的なところがあって、そこまでは筆者もたどり着けなかったみたいで」
「なら、そのヤ・グ族とやらに聞けば……」
「探そうとしても無駄ですよ、残念ですが、彼らの血筋は大昔に絶たれてしまいましたから」
サーシャは言う。
ジャックにどれほどの絶望を与えるかも、知らないで。
「……解除することは、できないのか」
「魂をうつされた被験者を殺せば、それ以上他に行くことはありませんがね。まあ、他に術式を書かれた被験者がいなければ、という条件は着きますが」
「殺すわけには、いかん。絶対に」
「それじゃ、諦めるのがいいでしょう。それか、きれいさっぱりに忘れてしまうのが一番だと思いますよ」
ジャックの腕の長さをメモに取る。
それから机いっぱいに大きな紙を広げる。
物差しとペンを使って、そこにジャックにつける義手を図面に起こしていく。
「……あ、そうか」
サーシャが顔を上げた。
そして壁に貼り付けられた数枚の紙の中から、一枚をひっぺがした。
「方法がないわけじゃありませんよ」
「何?」
ジャックはサーシャの顔を見た。
「でも、確実な方法ってわけじゃないんです。仮説も仮説。私もまだ実験したことがない方法なので、あまり期待はしないでください」
「いいから話せ」
半ば苛立ちながら、ジャックが言う。
サーシャはため息をつきながら、その仮説を説明し始めた。
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